第78話 我慢弱い

 さて、大分困ったことになったな。


「次、どっちだと思う?」

「……右で」

「おっけ」


 左右の別れ道をシェリーに選んでもらって右に移動する。しばらくそのまま真っ直ぐに進んでいると……通路がぐらぐらと揺れて背後の選択してきた道が塞がった。さっきからこんなことを繰り返しているのだ。

 通路自体がモンスターのように生きて、俺たちを変な方向へと誘導している。最初に俺たちが通路そのものが動いていることに気が付いた直後に取った行動は、当然通路から脱出だったのだが、通路は神聖魔法の光に焼かれながら俺たちを閉じ込めようと通路を閉じた。閉じられた通路の壁に向かって思い切り魔法をぶつけて破壊したら……通路がいきなり崩れて俺たちは何処かもわからない場所へと落とされてしまった。

 そこからはただひたすらに進んでいるだけで、自分たちが今何処にいるのかも正確に把握することができていない。不幸中の幸いは、通路が俺たちの通行を邪魔するとさっきみたいに魔法でぶっ壊されることを恐れて、俺たちが進むことそのものを邪魔する気が無くなっていることだけか。


「こ、この調子で地上に戻れるんでしょうか?」

「最悪、この建物そのものをぶっ壊して外に逃げるしかないな。まぁ、最終手段として考えておいてくれ」


 その時に破壊するのはシェリーの神聖魔法だろうから、俺はちょっと気楽だ……勿論、俺だって黙って見ているだけではないけれども。

 それにしても……さっきから階段も無ければ坂道を上っている感覚もないので、同じ高さをぐるぐるしていると思うのだが……毎回景色が違うのはやはり組み変わっているのだろうか。そもそも迷宮がモンスターのように動くことがおかしいのだが、そこら辺を考えてもこれだけの頻度で動くとは凄まじい仕掛けだと思う。


「ん、なんか来た」

「……サソリ、でしょうか」


 前からゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのは、人間より大きなサソリ。この迷宮では珍しい、こちらを待ち伏せせずに攻撃してきそうなタイプのモンスターだが、どんな毒を持っているかわからないから慎重に……この距離から攻撃するか。


疑似・魔弾フライクーゲル


 先制攻撃として放った魔法の弾丸を、サソリは滑るような動きで避けた。巨体から考えられないような初速と反応速度だが、魔弾フライクーゲルは対象を追尾……する魔法なんだが、この通路では狭くて曲がり切れずに壁に激突した。

 ピシっという音と共に通路に罅を入れ、同時に攻撃されたことで通路がのたうち回る。そんな痛いなら腹の中に人を入れるなと思うんだが、揺れる通路なんてなんのそのと言わんばかりにサソリが滑るような動きでこちらに接近してくる。初速はいいが、最高速はそこまで速くないので、体勢を立て直しながらも普通に避けることができる範囲ではあった。ただ……非常に面倒な相手であることには変わりない。なにせ、予想通りに尻尾の針から紫色の液体を噴出しているのだから。

 解毒は別にシェリーだってできるから問題ないのだが、問題はあれが致死性の猛毒だった場合だ。触れた瞬間に体調に異変を感じさせるようなものだったら、状況によってはシェリーの神聖魔法ですらも治らない可能性がある。解毒できると言っても、毒なんて受けない方がいいのは当たり前なんだが。


「よっと、危ねっ!?」


 サソリの尻尾をひょいっと避けたら、針の先から毒の液体を噴出してきた。こういう毒って刺して染み込ませるものであって、こんな風に発射するなんて普通じゃないと思うんだが……当たり前のように毒の液体を吹きかけてきた。

 鋏の方はあまり警戒していない。毒針だけを警戒しておけばそれで問題ないと判断して行動している。なにせ、鋏による攻撃なんてものは何処まで行っても物理攻撃だから極端に心配する意味はないし、そもそも鋏だけによる攻撃だったら幾らでも防ぎようはある。


神の裁きホーリージャッジメント!」


 建物を破壊せずにモンスターを倒す為にシェリーが選択した魔法なのだろうが……それはモンスターの身体を焼く聖なる光だ。それが通路となっているモンスターに対してどう作用するのか、考えるまでもなくわかることだと思うんだが。

 シェリーが放った後にしまったという顔をしているので気が付かずにやってしまったらしい。サソリごと通路を巻き込んで神聖魔法が焼く。同時に、先ほどの比ではないほどに通路が暴れ狂い始めたので、俺は女神の外套の力を使って空を飛び、シェリーを抱いて非難する。神の裁きホーリージャッジメントによって身体を焼かれたサソリは、毒液を周囲にまき散らしながら息絶えたのだが……通路の方はしぶとく生き残っているらしく、ぐねぐねと動きながらこちらの位置を把握しようとしているらしい。


「えぇい……面倒くさい!」

「えっ!?」

疑似・竜の伊吹ドラゴンブレス!」


 通路が完全に破壊されないようにしながら脱出しようと考えていたのは、もし通路が死んで俺たちが生き埋めになったら大変なことになるからということなのだが……ここまで通路をループさせるように歩かされているってことは、外に出す気なんて最初からないんだからこんなものはぶっ壊してしまえばよかったんだ。

 俺の口から放たれた破壊の奥義は、通路を遠慮なくぶち壊していく。痛みにのたうち回るように暴れる通路から、徐々に赤い液体が染み出してくるのが見えた。これはそう……血液だ。


「やっぱり、この通路は生きていたんですか!?」

「そうとしか考えられないだろうな。俺だって最初は誰かが無機物を操っているのかと思ったが……攻撃に反応して動いてるってことは、痛みで動いてるってことだからな」


 ドラゴンが放つ破壊の象徴竜の伊吹ドラゴンブレスによってずたずたに破壊された通路が、ゆっくりと崩れていく。バラバラと崩れて落ちてくる天井に対して、俺が再び竜の伊吹ドラゴンブレスを放つ。今度は口を狭め、ビームのように細くして放っていくと……大量の血を吹き出しながら天井に穴が空いていく。


「脱出するぞ!」

「はいっ!」


 何度か息継ぎをしながら竜の伊吹ドラゴンブレスを吐いて天井を破壊しながらひたすらに上空へと飛んでいくと……不意に生き物ではない天井を破壊してそのまま空へと飛び出した。


「や、やっぱり最初はちゃんと迷宮だったんですよ!」

「……これ、どうやって言い訳する?」


 この遺跡、王家が管理しているものなんだろ? モンスターに襲われていたって言い訳があるとしても……流石にここまでの破壊はやりすぎだったかな。最後の方、ちょっと関係ない所を破壊してしまったし。

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