第63話 海のモンスター

「これだけの人数しかいないのに、こんな立派な船を貰っても困るんだよな……」

「す、すいません」


 シェリーが借りてきた船は、かなり立派な船だった。勿論、大商人や国が所持しているような大きな船ではないが、今回神獣探索に向かう人数が4人であることを考えるとオーバーなぐらい立派な船だと言えるだろう。

 幸い、船を動かす人員も用意してくれたらしく俺たちはただ船に乗って神獣を探して帰ってくるだけでいいのだが、それはそれとしてこんな大きな船に自分の用事の為だけに乗るって富豪みたいなことをしたことがないのでちょっと緊張する。

 今回、俺たちの同盟の中からメンバーを募集することなく事情を知っているシェリー、クロト、オーバの3人と共に行くことになった。成功しても失敗してもそれなりに面倒なことになるのがわかり切っているので、ただのメンバーにその重荷を背負わせることを嫌った俺とクロト両方の提案で少人数での行動になった。


「それで、神獣は会話できるのか?」

「はい。長い年月を生きたことで人間の言葉なら喋ることができるようになったと言われています。わざわざ意味のない嘘が書いてあるとも思えないので、多分大丈夫だと思いますけど」

「実際に会ってみないと真実かどうかの確認はできないと思いますが、俺もそこで嘘は書いてないと思います、書く意味もないので」


 神獣が人間の言葉を喋るかどうかなんて、全く関係のない話なのだ。別に喋ることができなくても、それはそれで言語の通じない相手すらも女神の意思を守り抜くために人間を守護しているって感じに書いておけばいいのだから、わざわざそこで人間の言葉を喋るんだぜ、なんて嘘を書く必要性はない。必然的に、神獣は人間の言葉をしっかりと理解して喋ることができる存在なのだろう。


「で、名前は?」

「それが……古代の文字なので固有名詞が解読できず」

「そうか……初対面で名前を喋ってやれないのは少しマイナスの印象だろうな」

「そうですね」


 オーバの心配もわかる。名前も知らないけどお前は女神に仕えていた偉い神獣なんだよな、なんて言われてもあまりいい気分ではないかもしれない。しかし、俺としてはそこまで心配するものではないと思っている。何故ならば……事前情報が本当ならば白き神獣は、南の孤島でバカンスを楽しんでいるのではなく、黒い悪魔のようなモンスターと戦っているはずだ。つまり、名前を知らなくても「お前の噂を聞いたことがある」的なことを言っておきながら助太刀して、その戦闘の最中にシェリーが神聖魔法を使うことで女神の関係者であることを匂わせておけばいいのだ。女神が地上からいなくなっても忠実に人間を守り続けている奴なのだから、そこまで気難しい奴でもないだろうと、少し楽観的な考えかもしれないが俺はそう思っている。つまり、シェリーがいれば大丈夫ってことだ……やっぱり聖女ってすごい。


「ここでグダグダしていてもなにも変わりませんから、行きましょうか」

「思い切りがいいな……若さか?」

「やめろよオーバ……お前と同い年の俺までおっさんみたいになっちまうだろ」

「世間的に見れば充分におっさんと呼ばれる年齢だと俺は思っているんだが、お前はまだ若いつもりだったのか?」

「俺はまだ若いんだよ!」


 2人とも何を言っているのやら。

 くだらないことを言っているおっさんたちを無視して、俺はシェリーに近づいていった。


「本当に白き神獣なのかな」

「どうでしょう……白い獅子のようなモンスターなんて結構ありふれていると言うか……見間違いじゃないかと言われてもあんまり否定できないですよね」

「だよなぁ……ただ、他のモンスターと戦っていたみたいだからそこら辺を考えると神獣の可能性が高いだろうな」

「多分、ですけどね……」


 表向きは神官からの依頼を達成することで知名度を上げようって話だが、俺とシェリーの最大の目的は神獣ならばもしかしたら女神が封印された経緯や、力が何処に散らばっているのかも知っているかもしれないという希望的な観測からだった。勿論、ただの守護獣である神獣は知らない可能性の方が高いだろうが、それでも古の女神に関する話だ……現代に生きている人間に聞くよりは知っている可能性が高い。あくまで誤差レベルな話な気もするが、世界の命運がかかっているからちょっとの妥協も許されない。



 俺たちを乗せた船が陸地を離れ、どんどんと沖の方へと進んでいく。前世の文明が発達した時代の船と違い、こちらはまだ波もダイレクトに伝わってくるので船酔いするかもしれないと自分で思っていたが、普段の戦闘の方がぐわんぐわんしている影響で、波の揺れ如きはあんまり気にならなかった。問題は、そもそも船がしっかりと目的の島まで辿り着いてくれるかの方だな。

 人間の船旅が事故もなくまともに航海できるようになったのは随分と文明が進化してからである。それまでは天候1つで簡単に転覆して全滅してしまうぐらいに、人間にとって海は広すぎたのだ。まぁ、今回は大陸を渡る訳ではなく、近くの孤島まで行くだけなので転覆するほどにはならないと思うが。


「ん?」


 ちょっと不穏なことを考えていたら、船が明らかに波に揺られた感じではない揺れ方をしたので船室から出て外に目を向けると、そこには魚顔に蛇のように長い胴体を持つモンスターが海から顔を出していた。


「あちゃー……運が悪いな」


 大海原に対してモンスターは小さすぎる。大地を闊歩するモンスターと人間は生活圏が被っている影響でよく衝突し、どちらかが生き残るまで戦うことはあるのだが……海という人間にとってもモンスターにとっても広大過ぎる場所で、モンスターと鉢合わせることはあまりない。とは言え、そこに人間とモンスターがいるのだから絶対に鉢合わせない、と言うことはなく……今回のように運悪く出会ってしまうことだってある。

 モンスターは基本的に地上に住んでいる奴と同じで、人間の姿を見れば襲い掛かってくるようなものばかりだ。シーサーペントのようなモンスターも、船の上に人間がいることに気が付いてから牙を剥いて襲い掛かってきた……が、甲板に立っていたクロトが槍の一突きで身体に数個の穴を空けて殺してしまった。あっという間の早業に、船の乗組員たちがぽかんと口を開けている。

 やっぱり、探索者の花形は魔法使いではなくて前線で派手に武器を振るう騎士のような人間なんだなって、その時に俺は思った。

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