第71話 化物が増えた

「流砂の流れは基本的に地元住民でも知らないもんだからな……流れだって常に一定な訳じゃないし、俺が案内している先にお前の連れが絶対にいるって訳じゃないんだからな?」

「わかったからさっさと案内してくれ」

「後からいないじゃねぇかって殺されたくないって言ってるんだよ」

「大丈夫だから。そんな簡単に人を殺すような人間に見えるか?」

「必要があったら簡単に殺すタイプだろ」


 なんて失礼な……流石にちょっとは躊躇うぞ。それこそ前世が無かったら躊躇うこともなかったかもしれないけど、前世の倫理観が根付いている以上は多少は躊躇ってしまうのは事実だ。流石に、この世界でモンスターを相手に命のやり取りをやり過ぎたせいでちょっとそこら辺が麻痺し始めている自覚はあるが、躊躇いもなく人を殺せるほどに割り切っているつもりはない。

 砂漠を迷いなく歩く男に俺はついていくのだが……何を目印に歩いているのか俺にはさっぱりわからない。しかし、なにかしらの目印があるかのように男は突然右に曲がったり左に曲がったりするし、実際にそれで何度か流砂から逃れている。


「それで、こんな何もない砂漠に何の用があってやってきたんだ?」

「言わないと駄目か? 黙って案内してくれてもいいんだぞ? ちゃんと案内してくれたら、シェリーがいなくても殺しはしないからさ」

「暇なんだよ。こんな広大な砂漠を喋らずに歩こうなんて先に気が狂っちまうぞ」


 そんなもんかね……まぁ、お望みならば普通に喋るんだけども。


「女神の痕跡を追っていてな。もしかしたらこの砂漠の地に女神の力が遺されているかもしれないと思って来たんだ」

「女神……秩序の女神か? なんだってあんな傍迷惑な神のことを追いかけているか知らないが、そんなものがあの街にあったかね」

「傍迷惑な神?」


 砂漠のオアシスを生み出したのは女神だと聞いたし、もっと砂漠でも女神は信仰されていると思ったんだが……そう言えば、この男は女神よりも太陽の方が信仰されていると言っていたな。そこら辺の関係もあって砂漠では女神は普通の神、ぐらいの扱いを受けているのだろうか。


「この砂漠を人が少ないからって理由だけで戦場に選んだとか、敵との戦いでたまたまオアシスが生まれとか、色々と伝説が残ってるんだよ。中でも結構迷惑なのが……砂漠のド真ん中に迷宮を作ったことだな」

「迷宮……迷宮?」


 それは……フェラドゥにある地下迷宮とはまた別のものなのだろうか。女神が作ったと言うからにはモンスターが無限に湧いてくるフェラドゥのものとは別なんだろうけど……あの女神が勝手にそんな迷宮を生み出すなんて考えられない。

 この砂漠の価値観では勝手に作ったものとされているだけで、実際には物凄く重要ななにかだったりするのではないだろうか。


「この先だ……この先に、流砂の終着点がある」

「終着点なんてあるのか」

「流砂だって常に流れ続けている訳じゃないからな。何処からどこまで流れているのかってのがしっかりと決まってるもんなんだよ。その中でも、この流砂の流れに合流するのが一番の大きさ……つまり、お前の連れが本当に巻き込まれていたとしたら、ここに流れ着いている可能性が高いってことだ」


 男が指を差した場所は、岩肌が露出した大峡谷だった。砂が流れ込んでいるように見えるが、底にはあまり砂が溜まっていないので、何処からか流れ出しているのだろうが……こんな所にシェリーがいてくれるだろうか。

 俺をこの場所に追い込んで奇襲しようとしているのかとも思ったが、どうやら組織的な犯罪メンバーではないのか、普通に俺のことを案内してくれた。大峡谷の近くにも人の気配は感じないので、本当に案内してくれただけなのだろう。


「シェリーっ!」

「呼んでも届かねぇよ。峡谷の下まで降りないと声は届かないからな……もっとも、ここから下に落ちたとしたらまず生きていないと思うが」

「リンネさん! あぁ……やっと見つけました!」

「……は?」


 峡谷の下に向かって声を出したら、普通に返事が返ってきた。男が物凄く驚いた顔をしていたのだが、俺も驚いている。まさか返事が返ってくるなんて思いもせずに叫んだから、男の届かないって言葉にそりゃあそうだろうと思っていたんだが……まさか普通に返事があるとは。


「大峡谷を降りるのは難しいぞ。簡単なのはあっちの洞窟からゆっくりと降りて行って、しばらく下った先で──」

「よっと」


 女神の外套を使って空を飛び、大峡谷をゆっくりと降りていく。数秒間落下していると大峡谷の底にシェリーの姿を発見したので、少し加速してからシェリーを勢いのまま抱きしめて急上昇して……そのまま案内してくれた男の前に降り立つ。

 唖然とした表情で俺とシェリーを見て口をパクパクとさせている男に対して、シェリーは首を傾げた。


「誰ですか?」

「現地の盗賊。襲われたから命を助ける代わりに道案内を頼んでるんだ。おい、いつまでも驚いてないでさっさと街まで案内してくれ」

「な、なんで……」

「いいから。お前が知る必要なんてないだろ?」


 なんで俺が空を飛ぶことができるのか、なんでシェリーが大峡谷から落下しても平然としているのか。多分、男の中ではものすごい数の疑問符が飛び回っているんだろうが……そんなものは俺には関係ないのでさっさと街まで案内して欲しかった。

 女神に関する情報はやはり人から聞くのが早いし、なによりさっき男に聞いた砂漠の真ん中にある迷宮とやらについて色々と調べておきたい。女神が作った迷宮が本当にあるのだとしたら、きっとその中には女神が遺した何かがあるはずだから。それが封印された力なのか、それとも俺が着ている外套のような神器なのかは知らないが、とにかく前進はするのだから。


「わ、わかった……案内する」


 色々と聞きたいことはあっただろうに、それを飲み込んで案内してくれるとは……やはり自分の身に危険が及ぶ前に回避する力には長けているようだ。まぁ、そもそも幻覚を見ている旅の人間を襲って荷物を盗もうとする奴なんて文句なしに屑でしかないのだが……こういう奴は結構地形とかに詳しいからな。

 シェリーも盗賊だと聞いて俺にやられたのだと理解したのか、頷きながらも冷たい笑顔を浮かべて男を見つめていた。しれっと「化物が2匹に増えた」とか言っているのが聞こえたが、ここは聞こえなかったフリをしておいてやろう。こんな砂漠のよくわからない場所で道案内を失う訳にはいかないからな。

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