第49話 天災

 さっさと支度してさっさと出発した俺たちは、元々の依頼が出されていた地竜の出現地点へと到着したが……そこには地竜の姿も、討伐に向かって探索者たちの姿もなかった。あるのは、天変地異でもこんなことにはならないだろうと思うほど、荒れた大地。


「地竜……噂には聞いていたが、これほどまでとはな」


 大地は裏返るようにボロボロになり、森の木々は根っこから掘り返されたような姿でそこら辺に横たわっている。川の流れも途中で堰き止められ、新たな別の川が生まれようとしている。これが、地竜……自然の環境すら激変させてしまう途轍もない力を持った生物。


「これは地竜が暴れた痕跡なのか?」

「いや、これはただ通っただけだろう」

「なに!? こ、こんな破壊された跡が、か!?」


 メレーナは地竜の生態まで詳しく知らないから、これが暴れた痕跡に見せるのだろうが、地竜の話を少しでも知っている奴ならばこれは暴れた跡ではないことをすぐに理解する。

 地竜は、その名の通り地を這う翼を持たないドラゴンなのだが、高高度を移動している訳でもないのに人間の目には基本的に発見されない。理由は、地竜が基本的に地中を進んでいることにある。地面を掘り進めながら移動を繰り返す地竜は、その掘った土を食べながら移動しているのだが、もっと地中深くを進んでいる時は特に人間の社会に影響を及ぼすこともなく、発見されることもない。しかし、こうして地上を付近を移動されると森は荒れ、川は消え、山が崩れる。


「地竜は土を食べて移動する特殊な生態のモンスター。基本的には地中深くを進んでいることが多いため、人間の前には滅多に現れないモンスターなのですが……こうして地上に少し出ただけでこれだけの被害を出してしまうんです。そこに悪意や害意などなく、ただ移動するだけで天災と成りえる……それが地竜です」

「ま、あるのは食欲だけだな。地竜は土を食って身体を維持する特殊な生態をしているが、好むのは魔力が濃い土だ」


 魔力が濃い土は、基本的に地中深くに存在しているらしく、だから基本的に地竜は表に出てくることがない。しかし、戦争で大量の魔法が飛び交ったり、巨大なモンスターが死んだ直後の大地には、霧散した魔力が大地に吸収されていく。その吸収された濃い魔力を求めて、地竜は表に出てくる。


「戦争は同じ土地で1年続けると地竜に戦場を荒らされる、なんて密かに言われているぐらいには目にするらしいからな。地竜がどうやってその魔力を感じ取っているのか知らないが、この辺の土は魔力が豊富だったんだろう」


 この場所で戦争なんて起きていなかったので、恐らくは強大なモンスターがここで死んだ……寿命か探索者が討伐したのか知らないが、なんらかの理由で死んだモンスターの魔力がそのまま大地に吸収され、それを求めて地竜が下から上がってきた。


「ただ食っているだけなんだ。好物の魔力が濃い土を求めて移動を繰り返し、ただ自らの好みの土を食べているだけ……しかし、それだけで多くの人間が死ぬ」

「少し、可哀想でもありますが」

「いや、これも生存競争ってことだ。殺されたくないから殺す……自然界ではありふれた事だろ」


 シェリーが地竜に少し同情してしまう気持ちはわかる。地竜は人間を襲おうと思ってやっている訳ではなく、ただ好みの土を食べに来ているだけなのだ。そこに悪意や害意などは存在せず、ただ純粋に好みの食べ物の為に移動しているだけ。地竜とは、そういう生き物なのだ。


「しかし、それならしばらく放置しておけば地竜はまた地中深くに帰るのではないか?」

「それがそうもいかないから討伐依頼が来るんだよ」


 移動ルート上に人々が住んでいる場所が無ければ、自然環境は激変するかもしれないが別に関わる必要もないのではないかと思うのはわかるが、そう簡単に行かないのが現実だ。


「一度地上に上がってきた地竜は、新鮮な魔力を求めてひたすらに地上で魔力の濃い土地を探し続ける。地中深くにやってくる魔力は長い年月をかけて下に降りて行ったものだからな……今まで食べていた魔力よりも美味しい魔力を味わってしまえば、もう二度と地中には戻らない。ただひたすら、魔力を求めて地上を荒らしながら移動を繰り返し……最後には地上に人間が住める土地が無くなるだけの話だ」


 そこら辺は野生動物と同じだ。学習してしまえば、何度でもやってくる。美味しいものが食べられるのはここなのだと、地中深くなんて場所ではなく、地上付近ならばもっと美味しいものが食べられるのだと、そう学習した地竜は地中に戻ることはない。戻ったとしても、すぐにまた地上にやってくることになる。


「言ってしまえば、地上は人間の縄張りみたいなものだ。そこに踏み込んで荒らしまわっている地竜を、食べるためだけなんだから見逃してやるか、なんて言う訳はない。これはそんな簡単な話じゃないんだよ」


 地竜は討伐しなければならない相手だ。たとえ悪意を持っていなくても、たとえ相手がただ食事をしているだけの存在であろうとも……そもそも生物としての格が違う。こちらはそんな細かいことを考えながら戦って、勝てるような相手ではないのだ。


「崩れた木々の形からして、移動した方角は向こうですね」

「急ごう。多分、依頼を受けた奴らもきっとそっちに向かってる。もしかしたら……間に合わないかもしれないからな」


 メレーナには語っていないが、地竜を討伐しなければならない理由はもう一つある。それは……地竜が途轍もなく怒りやすい性格をしていることだ。悪意はなければ害意もない……しかし、地竜は怒りに身を任せて周囲の全てを破壊することがある。それもかなりの頻度で、だ。

 土を食べて移動しているだけでも相当な被害が出るのに、それほどの存在が暴れると……どうなるかなんてのは子供でも想像できることだろう。実際、過去の記録では地竜を討伐しようとして失敗し、怒らせたことで滅んだ国が存在するらしいからな。国を単独で滅ぼすような存在……ドラゴンとは、そもそもが人間とは生物としてあまりにも強大すぎる。もはや、生物なのかと疑ってしまうほどの力を持っている。甘い考えを持ったまま対峙すれば……一瞬で命を刈り取られることになるだろう。

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