第109話 母性は癖になる
結局、女神は本当にバラバラに砕いた魔の者を他次元に放流していった。なんでも、この次元そのものが不安定だから、ここからならあらゆる次元に繋げることができるのだとか……そうやって次元に穴を開けられるのならば、わざわざ仮死状態にならなくてもここに来れたんじゃないのって言おうとしていたことがバレていたらしい。
「……そう言えば、仮死状態になっているはずなのに、デザスターとシェリーは大丈夫なんだろうか」
「大丈夫……のはず」
ちょっと自信無さげなの止めてね。
しかし、女神はわからないことにはしっかりとわからないと言ってくれるからいいか……少なくとも、魔の者に対する封印はそれだけ大丈夫だってことだろうし、今はそれだけで納得しておくのがいいだろう。
空間に幾つもの空いた穴がゆっくりと閉じていくのを眺めている女神の横顔は、仇敵を倒して清々したって感じではなく……まるで自らの半身を切りすててしまったかのような悲しみを浮かべていた。
はっきりと、魔の者と女神がどんな関係だったのかなんて俺は知らないし、そもそもそんなことを聞くつもりもない。実際、何万年以上も関わってきた相手だからちょっと寂しさを感じているだけなのかもしれないし、過去には悲しそうな顔をしてしまうほどの関係だったのかもしれない。しかし……それを知ったところで今更なにかが変わる訳ではないし、そもそも女神と魔の者は司る属性からして真逆なのだから、今まで共存できていた方がおかしいのだ。
沈黙のままどちらも動けない状態でしばらく突っ立っていたのだが、急に女神が自分の頬を叩いてからにっこりと笑顔を作った。
「帰りましょうか」
「どうやって?」
「さっき、他次元に放流したように私たちも帰るんです……普通に元の世界に戻れば仮死状態の肉体に戻れるはずですから」
本当に戻れるならそれでいいんだけどね……これで戻れなかったらまたひと悶着起きるかもしれない訳だし、そこら辺はしっかりとして欲しいぞ。
「では」
小さな声と共に俺と女神の目の前に開いた穴に、覚悟を決めて飛び込む。真っ白な光が俺の全身を包み込み……身体の感覚が段々と失われていく。それは殆ど記憶にないはずの、俺が死んだ時の感覚に酷く似ているような……そんなちょっと心の底が冷えるような恐怖感を我慢して、なんとか頑張って足を踏み出そうとしたら意識が闇の中へと急落した。
ふっとジェットコースターが落ちる時のような感覚を味わいながら、俺は苦笑いを浮かべながら女神に後で文句を言うことを覚えておこうと思い、そのまま意識が落ちていくのを味わった。
暗転からの目覚めは、あまり気持ちがいいものではない。
「絶対許さんぞ、女神め」
「リンネさんっ!」
起き上がりながら愚痴を口から零したら、いきなり温かくて柔らかいなにかに抱き着かれた。ちょっと驚きながら目を開けると、そこには俺に抱き着いているシェリーの姿があった。聖堂の部屋内部でそのまま倒れていたはずの俺の身体は、いつの間にか布団に移動させられていたらしい。
抱き着かれている状況から俺がどんな反応をすればいいのか……そんなこともわからないので、空中を彷徨っている自らの両手を見つめながら、周囲に助けを求める視線を向けてみるが……呆れたように欠伸をしているデザスターと、ニコニコとした笑みでこちらを見つめているだけの教団関係者らしき人々、そしてしれっと立っている女神。どうやら俺の味方はいないらしい。
「私が外に放り出されてから、なにがあったんですか?」
「あー……滅茶苦茶死にまくった?」
「え」
いや、正しくない表現かもしれないけれど、実際に俺は死にまくった訳だからあっているはず……いや、でもなんか滅茶苦茶誤解を招く表現な気がしてきたな。色々な言い訳を頭の中で浮かべていたら、俺に抱き着いていたシェリーの腕の力が更に強くなった。これはもはや俺のことを抱きしめているのではなく、明らかに締め落としにかかってるだろと思ったのだが……どうやら誰も助けてくれない。
降参と言わんばかりにシェリーの背中をタップしてみたのだが、更に強く抱きしめられてしまった。
「ぐぇ」
「あ、す、すいません……その、ちょっと取り乱してしまって」
ちょっと? いや、明らかに俺のことを殺すぐらいの勢いで絞められていたんだけども……まぁ、それぐらい愛されているってことにしておこう、うん。
シェリーが退いてくれたので、布団から出てゆっくりと立ち上がろうとしたが……幻の世界で何度も殺された精神的なダメージがまだ残っているのか、俺はそのままふらふらとシェリーの胸の中に吸い込まれるように倒れこんでしまった。
「リンネさんっ!? 大丈夫ですか?」
「やべぇ……マジで立てない」
柔らかい胸を堪能していたいとかくだらないことを考えてから、勝手に頭の中で言い訳しながら立ち上がろうとしたのだが……マジで足に力が入らなくてそのまま動けなくなってしまった。冗談抜きで、かなりギリギリの状態だったらしい……もしかしたら仮死状態で精神だけが飛んでいる状態だったから、肉体的な不調は感じていなかっただけで、何度も死ぬってことはこれぐらい肉体的に負担が大きいことなのかもしれない。
立ち上がれなくなった俺に対してシェリーはあたふたしていたが……身体に傷が無いことを確認すると、そのまま俺の頭を抱きながら頭を撫でてきた。
「お疲れさまでした」
「……俺、あんまり役に立ってなかった気がするけど」
「それでも、です」
男は誰しも母性を求めるらしいが、実際にこうして女性に抱きしめられて頭を撫でられるとなんとなくわかってしまう気がする……本当に癒しって言えばいいのか、シェリーに抱きしめられることで安心してしまっている。頭を撫でられるなんて経験、大人になればそうそうないものだから、余計に特別に感じてしまうし、もし結婚するのならば……こういう包容力がある女性の方がいいなと思った。
なんとか力を込めてゆっくりと顔を上げてから周囲に視線を向けると、いつの間にかデザスターも教団の関係者らしき人たちもいなくなっていた。女神は依然として壁に背中を預けながら外を眺めているが……どうやらそれ以外の人たちには気を遣われてしまったらしい。
「ね?」
「うぅむ……」
母性、癖になるかもしれない。
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