第198話 もうひとりの魔人

 ……崩れて消えた戸塚の立っていた場所を俺は見下ろす。


「『魔王隷属』は魔王への隷属を誓った者が、命を引き換えにして強力な力を得るものだったんだが……」


 その説明をする前に力を使ってしまった。


「まあ……いいか」


 奴が死んだところでなんとも思わない。

 と言うか、奴のスキルを考えればまだ生きている可能性も……。


「シェン……」


 仰向けに倒れているシェンの死体を見下ろしてそこへ屈む。


「やっぱり死んでいるか」


 呼吸をしていない。脈も無く、完全に事切れていた。


「生きていれば瀕死でもなんとかなったんだけど……」


 完全に死んでしまってはどうにもならない。


 ここへ来て速攻でユンを転移ゲートにでも放り込んでいればこんなことには……。


 シェンを死なせたしまったことを悔やむ。


「せめて両親のもとに遺体を……」


 バンっ!


「!?」


 そのとき背後から銃声が聞こえ、後ろ手に銃弾を掴む。


「誰だっ!」


 振り返るも、しかしそこには誰もいない。


「なんだ? 誰が銃を……うん?」


 甲板に拳銃が落ちている。

 シェンも使っていたが、こっちは恐らく戸塚が落としたものだと思う。


 俺はその銃に近づいて見下ろす。


「銃が勝手に……? 仮にそうだとしても、この向きで俺に銃弾が撃たれるのは妙だな……」


 なにやら不可解なことが起きている。

 何者かが周囲のどこかに潜んでいるような、そんな不気味なものを感じた。


「ん?  おわっ!?」


 手に握っていた弾丸が指のあいだを抜けて拳から飛び出す。

 弾丸を額へ受けた俺はその場へ仰向けになって倒れた。


「……カカカッ」


 甲板に落ちている拳銃がケタケタと笑い、膨れ上がって形を変える。そして現れたのは、角を3本持つ魔人であった。


「ユンの奴め。しくじりやがって。まあいい。こうしてあたしの手で白面は仕留められたんだ。結果オーライか。カッカカ」


 笑いながら魔人は去って行こうとするが、


「はたしてそれはどうかな?」

「なにっ?」


 俺は立ち上がって魔人を睨む。

 女の魔人はやや驚いたような表情で俺を見ていた。


「銃弾が額を貫いたはず……」

「残念ながらそうはなっていない」


 額を魔力の障壁で覆って銃弾は防いだ。少し驚きはしたが。


「……なるほど。親父が疎ましく思うだけはあるってことか」

「親父? もしかしてお前らのボスのことか?」

「教えてやる理由は無い」

「!?」


 背後から声。

 振り返ると、シェンの死体が起き上がって魔人の姿へと変わる。


「こ、これは……」


 俺を挟んで立つ魔人はどちらも同じ姿だ。

 まるで双子……いや、それ以前になぜシェンの死体が魔人になったのか?


 この魔人のスキルだろうが、どういう効果のものなのか正体が掴めなかった。


「拳銃は防げてもこいつはどうだ?」


 魔人の右手が膨らんで形状を変えていく。

 やがてそれはロケットランチャーとなった。


「……それがお前のスキルか」


 自分自身や触れたものを変化させるスキル。そんなところか。


「そういうことだ」


 背後の魔人が俺を羽交い絞めで捕らえる。


「一緒に死ぬ気か?」

「カカカッ、いやいや、死ぬのはお前だけだよ」


 ロケットランチャーの弾が俺を目掛けて発射される。

 俺は羽交い絞めされながら高く跳躍し、その弾を避けた。


「当たるかそんなの」

「甘いな」

「うん?」


 振り返ると、通り過ぎたロケットランチャーの弾がUターンをしてふたたび俺へ向かって来ていた。


「あたしは自分のスキルで変化させたものを自在に操れるんだ。その弾はお前に当たるまでお前を追い続けるぜ」

「なるほど」


 ただ変化をさせるだけじゃないってことか。


 俺へと向かって来るロケットランチャーの弾。

 それが目の前に迫ったところで転移ゲートを発生させて空の彼方へと移動させた。


「なっ……!?」

「こんなものじゃ俺は殺せないぞ」

「なっ……ぐあああっ!?」


 羽交い絞めしている魔人の両手を思い切り掴む。

 そのまま両手を引き千切った俺は、振り返って魔人の掴んで焼失させた。


「あとはお前を始末するだけだ」


 後ずさる魔人に俺は近づいて行く。


「カカッ、ならこれはどうだ?」

「なっ!?」


 蠢いた魔人の姿が変わる。

 そして現れた姿は、冴えないおっさん……ではなく俺だった。


「姿形だけじゃない。記憶もスキルもあたしはそっくりそのままにコピーができる。カカッ、力は同じ。ならば少なくとも負けはねーな」

「なるほど。けれど俺の力はそう簡単に使えないぞ」

「ふん。だったらこれを食らえっ! 炎だっ!」


 そう叫んで魔人は俺へ向かって手をかざす。

 ……しかしなにも起こらなかった。


「な、なんで……なんでなにも起こらねえっ!」

「当たり前だ」


 俺は指に炎を灯して見せる。


「魔王の力はなにがあろうと唯一無二。コピーは不可能だ。つまりお前は俺の能力をコピーなどできていない。コピーしたのは姿と記憶だけってことだ」

「そ、そんな馬鹿なこと……。魔王って……。異世界? この記憶にある光景はメルモダーガの言っていた世界と同じ……」

「なんだと?」


 メルモダーガとはデュカスの親玉だ。

 そいつが異世界の話をしていたと、この魔人は今そう言った。


「まさか……メルモダーガは異世界から来た人間なのか?」


 もしもそうなら一体どうやって……?


「……そんなことを教えてやるつもりは無いね」

「いや、お前にはしゃべってもらうぞ」


 俺は魔人の首を掴む。


「無駄だぜ。あたしにはたぶん口止めの魔法がかかっている。メルモダーガに関することはなにも話せないし、話すつもりもない」

「痛い目に遭いたいか?」

「あたしは中国政府に使われていた元スパイだ。拷問の訓練は受けている。まともな人間が思いつく程度の痛めつけじゃ口は割らないぜ」

「……っ」


 魔人の目に怯えは見えない。

 やるならやってみろと、そうとでも言いたげなニヤついた目で俺を見ていた。


 こいつは加賀木と違う。痛めつけて聞くことは無駄に思えた。


「なら用は無い」


 首を掴んだまま、炎の魔法で魔人の全身を燃やし尽くす。

 魔人は一瞬で完全に焼失し、あとにはなにも残らなかった。


 情報を得られないのならば魔人を生かしておく理由は無い。

 恐らく魔人は他にも多くいる。情報はいずれ他の奴から聞き出せばいいだろう。


「さて、それじゃあアカネちゃんたちのところへ……」

「待った」

「えっ? って、うおおっ!?」


 声のした方角に目を向けると、そこに倒れている血まみれの死体がゆらりと立ち上がった。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 死体が起き上がりゾンビに……ではなく、恐らくあの男でしょう。ゾンビのほうがマシだったかもしれませんね。


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 感想もお待ちしております。


 次回はあの男が帰って来る……。

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