第44話 ある日、社長に呼び出され……

 ……ある日、俺は社長の命令で遠い無人駅に立っていた。


 なぜこんなところに立たされているかわからない。

 どう考えてもここで立つことが仕事とは思えないし、なにかの罰だと思った。


 どうしてこんな目に?


 心当たりは無い。


 いつまで立っていればいいのか?

 いつ帰れるのか?


 それを考えていると、そこへ1台の車がやってくる。


「うん?」


 なんだろう。


 目の前に止まった車の窓が開く。


「あっ、しゃ、社長っ!?」


 運転席から顔を出したのはラフな格好をした強面の社長であった。


「こんなところで待たせてすまないね。まあ乗ってくれ」

「は、はい」


 促されて俺は助手席に乗る。


「い、良い車ですね」


 普通の乗用車だ。

 社長が乗るには安物な気がした。


「レンタカーだよ」

「あ、そ、そうですか。すいません」


 なんでレンタカーでなんだろうという疑問は置いておいた。


「君に少し話しておきたいことがあってね」

「はあ。でもなぜこんなところへ?」


 話があるなら社長室にでも呼べばいいと思うが。


「聞かれたくはない話だ。どこに盗聴器があるかわからないからね。だから誰もいないこの場所へレンタカーで来たんだよ」

「と、盗聴機って……」


 なんだか物騒な話だ。


「それでその話なんだが」


 神妙な面持ちで社長が話を始める。


「小田原親子のことだ」

「お、小田原……。専務のことですか?」


 親子ということは息子の智も含めてだろうが。


「うむ。先日、事件に関わって小田原智が捕まった件だが、あいつはあれだけのことをやっておきながら釈放された。変だと思わないか?」

「えっ? ああ、まあ、変だとは思いますけど、弁護士が有能だったんじゃないですか?」

「多くの女性に乱暴し、殺し、そして君とアカネを襲撃した。いくら弁護士が有能でも、証拠不十分で釈放させるなんて無理だ」

「ま、まあ……。えっ? あ、社長はアカネ……さんがVTuberのアカツキだって知っていたのですか?」


 アカネちゃんは社長に自分がアカツキだとは教えていないと言っていたが。


「大事な娘のことだ。知らないわけがないだろう」

「そ、そうですね。あ、でもじゃあなんで小田原智をクビにしなかったのですか? 娘さんを襲った奴だと知ってましたのに」

「この話の重要な部分はそこだ」


 社長は声を低めて言う。


「小田原智がアカネを襲撃したと知ったとき、私はあいつに当然の怒りを覚えた。死刑でも足りない。全身を切り刻んで塩酸に沈めてやりたいくらいだ」


 強面の社長が言うと本気に聞こえて怖いが、怒りは理解できる。


「起訴すらされずに出てきて、親子で私に土下座したあいつをどうしてくれようか私は考えた。司法が裁かないならば、私が罰を与えてやる。クビじゃ足りない。もっと苦しめてやろうと、とりあえずは会社に残すことにしたのだ」

「そういうことだったんですか」


 どう苦しめてやるのだろう?

 この感じなら本当に切り刻んで塩酸に沈めるかもしれない。


「うむ。しかしその前になぜ小田原智が釈放になったのかを調べたんだ。そうしたらちょっと驚くことがわかってね」

「驚くことですか?」

「ああ。その驚くことだが、どうやら小田原智だけじゃなく捕まったレイカーズの全員が釈放されてるらしいのだ」

「えっ? いや、一部が証拠不十分で釈放ってのは知ってますけど全員って……。それはなにかの間違いじゃないですか? そんな報道もありませんし」

「いや事実だ。検察に圧力がかかったらしい」

「圧力って……どこからですか?」


 検察なんて国家権力を動かす圧力などあるのだろうか。


「国会議員で法務大臣の寺平重助てらだいらじゅうすけだ」

「て、寺平って……」

「ああ。ダンジョンで多発していた殺人事件の犯人、寺平光信の父親だ」


 アカツキちゃンネルで寺平の顔が誰だか政治家に似てるというコメントは見かけたが、まさか本当に政治家の息子だったとは。


「け、けどそんな政治家1人の力で犯罪者を釈放させるなんてできますか?」

「純粋に国会議員1人の力だけでは無理だろう。しかし政治家というものはいろいろな繋がりを持っている。表の繋がりもあれば裏の繋がりもな。寺平重助がどんな繋がりを持っているかまでは知らないが、その中には検察をも動かせるものがあるらしいということだ」

「しかし一体なんのためにレイカーズを釈放させたんですか? あんな連中を釈放したってメリットなんてあるとは思えませんけど?」

「それは私もわからない。息子の恨みを晴らすために奴らを使って君とアカネを襲わせるつもりかもしれないが……」


 その可能性は十分にあり得るものだった。


「とにかく注意してくれ。元レイカーズの連中は相当に君を恨んでいると聞く。仮面を被ってダンジョンへ行けば連中に襲われるかもしれない」

「き、気をつけます」

「アカネも同様だ。君が守ってくれると信じている。頼んだぞ」

「もちろんです」


 そこは強い意志を込めて答えた。


「うん。それで寺平重助なんだが、どうやら小田原喜一郎と繋がりがあるらしい」

「せ、専務がですか?」

「ああ。なにを目的に交友を持っているかは知らないが、まあ碌なことじゃないだろう。寺平の力を借りて私を社長から引き摺り降ろす気かもしれん」

「そ、そんなこと……」

「有り得るさ。あれはそういう男だ」

「は、はい……」


 小田原の父親なら考えてはいそうか。


「あ、じゃあ盗聴機ってもしかして専務が……」

「可能性はある。いろいろ奴には聞かれたくない話をしたが、アカネがアカツキだと知られれば息子の件を恨んで危害を加えてくる可能性もあるからね。こういう形で君に話したのさ」

「な、なるほど」


 確かに慎重を期すればこうするのが最善か。


「けど、専務がそんな危険人物だとわかっているならクビにしてしまえばよくないですか?」

「そう簡単じゃない。専務の仕事は問題無くやっているし、不正をしている可能性があるというだけではクビにできんよ」

「それは……そうですね」


 確かにそれはそうである。


「ともかく君はレイカーズや寺平重助、小田原親子には気を付けてアカネを守ってくれ。できることならダンジョン配信などやめてもらいたいが、言っても聞かない子だ。頼んだよ」

「はい」

「奴らは君とアカネの素性を調べている可能性もある。アカネにも言っておくが、ダンジョンへ行くときは十分に気を付けてくれ。配信動画からの特定は私のほうで防いでおこう」

「わかりました」


 正体を知られればなにをしてくるかわからない。

 社長の言う通り十分に注意しようと思った。


「よし。それじゃあこれで話は終わりだ。食事でもして帰ろう」

「よ、よろしいんですか?」

「ああ。アカネをしっかり守ってくれている礼だ。ごちそうするよ」

「あ、ありがとうございますっ」


 社長の奢りだ。

 どんなものが食べられるか今から楽しみでしかたがない。


「君とアカネがどういう話をしているのか、そういうことも聞いてみたいしね」

「えっ? い、いや別にそんなたいした話はしてないですよ」


 この前に会ったとき、おっぱいを揉ませてあげてもいいとか言われた話とかはできないな絶対。当然だけど。


「うん? なんか怪しいな、もしかしてアカネとなにかいかがわしい話をしてるんじゃ……」

「そ、そんなことないですよ」


 俺は目を逸らした。


「小太郎君、酒は強いか?」

「えっ? いやあんまり……」

「なら大量に飲ませてすべてしゃべらせてやるからな」

「ちょ……そんな」

「拒否は許さん」


 アルハラです。

 ……などとは言えぬまま、車はどこかの飲食店へと向かうのだった。

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