第46話 アカネちゃんが俺の部屋にいる

 俺は今、最大の危機を迎えているのかもしれない。

 それとも最大の幸福か?


 しかし下手をすれば俺の人生は終わる危険な幸福だった。


「コタロー喉渇いた」

「あ、はい」


 俺は冷蔵庫からお茶を取り出し、コップへ入れて持って行く。


「お茶? コーラとかジュースないの?」

「糖質とか気になるから甘い飲み物は買ってなくてね」


 ダンジョン探索も怖いけど血糖値も怖い。おじさんにとって高い血糖値はダンジョンの深層に住む魔物並みに脅威なのだ。


「まあいいけど」


 俺が隣に座ると、アカネちゃんはノートパソコンで配信動画のサムネを作りつつ、冷たいお茶をグイっと飲んで身を寄せてくる。


「ア、アカネちゃん……」


 ワンルームの狭い部屋がすんごい良い匂いで満たされている。

 若い女の子の匂いだ。しかも超絶にかわいい巨乳のアカネちゃんの匂いであるならば、すべてを肺に収めてそのまま窒息死したって後悔は無い。


 しかもやたらと密着をしてくるので心臓バクバクで鼓動の治まる暇が無い。


 こんな至福があっていいのか?


 俺は夢のような心地でこの至福を享受していたが、理性は警鐘を鳴らす。


 16歳の女子高生が家にいるという状況。

 これはもう犯罪なのでは?


 隣近所の人にアカネちゃんが家に入るところを見られて通報されたりしていないか?


 至福の中、俺はそんな不安も抱えていた。


 今日は有休をもらって家で勉強したりしていた。

 それから息抜きにエッチな動画を見ていたわけだが、そこへ訪問を知らせるインターホンが鳴り、この状況になっているというわけだ。


「そういえばパパがさ、専務の小田原と政治家の寺平重助? がね、私たちに危険を及ぼすかもしれないから気を付けろって。コタローにも話したって言ってたけど聞いたの?」

「ま、まあ」

「そう。てか恨んでるってなにって感じ。自分たちが100%悪いのに逆恨みじゃん。コタローもそう思うでしょ。というかパパって私がアカツキだって知ってたんだよね。なのに娘を襲った奴をクビにしないなんておかしくない?」

「しゃ、社長にはなにか考えがあるらしいから……というかアカネちゃん、ち、近いよぉ」


 良い匂いだけで辛抱溜まらんのに、こうも密着されては緊張が治まらない。


「近いってなにが?」

「距離が……」


 近過ぎる。アカネちゃんとこんなに密着してるなんて社長に知られたらクビ……いや、殺されるかも。


「嫌なの?」

「いやぜんぜん」

「ならいいじゃない」


 と、アカネは俺の肩に頭を乗せてくる。


 ふぅおおおおっ! 理性が消し飛ぶぅぅぅっ!


 アカネちゃんが来る直前までエッチな動画を見ていたせいで、スケベな気持ちが昂ってきてしまう。


 アカネちゃんにはずっといてほしいけど、このままだと俺の理性が持たない。さっきの動画で一旦、賢者になっていなかったことが悔やまれる。


 先日、酒を飲まされたが、余計なことはなにもしゃべらなかった。

 よく考えたら俺は状態異常無効なので、戦闘に支障が出るほど酩酊という状態にはならないのだ。

 魔王の特性で窮地を脱したわけだが、ここで理性を消し飛ばしてしまったら社長の顔をまともに見れなくなる。そうなったらいろいろとアカネちゃんとの関係を疑われた挙句、手を出したことがバレて会社をクビに……いや、やっぱり殺されると思う。


 そんなことにならないために、俺は必死に理性を保った。


「ねえ、来たときから気になってたんだけど、なにあの禍々しいイス」


 アカネは机の前に置いてある俺のイスを見て言う。


「あ、ああ、魔王だったときはあんな感じのイスにずっと座ってたから。ああいうイスじゃないとどうも落ち着かなくて」

「ふーん」

「そ、それよりアカネちゃん、やっぱりまずいよ。16歳の女の子が一人暮らしの男の家に来るなんてさ」

「だって外で会おうって言ったら、淫行だと思われたらどうしようとか言って出てくるの渋るじゃん」

「顔を隠してダンジョンで会うんだったら……」

「あんなとこじゃ落ち着かないでしょ」


 まあそれもそうである。


「チーム拠点を作ればいいんだけど、あれってメンバーが3人以上じゃないと許可が下りないんだよね。だから集まるのはここしかないの」

「こ、ここはまずいってぇ」


 というか近い。

 こんなに密着するのは恋人の距離である。


 俺は小声でよくわからない適当なお経を唱えて理性を保つことに努めた。


「普通にダンジョン探索の配信をしても同接はかなり伸びるんだけど、レイカーズとか寺平のときほどじゃないんだよね」


 自身で配信している動画のアーカイブを眺めながらアカネは言う。


「まあ、ああいう事件とかはみんな注目するだろうし、普通のダンジョン配信よりは伸びるだろうね。なみょほうれんそーげきょ」

「そう事件。事件が起こって、白面が解決するのをみんな求めてるんだよ。なにか事件が起きて、白面が解決するっていう動画が撮りたいんだよねぇ」

「いや、レイカーズのときも寺平のときも、相手がたまたま弱かっただけだから。ああいう配信は滅多にできないと思うよ。そもそも事件なんてそうそう起きるようなものじゃないしね。なむあみだぶつ」


 あんな多くの女性が乱暴されたり、人が殺されたりするような事件が頻繁に起こってはたまらない。


「まあそりゃ事件なんて滅多にないよね。それはわかってる。だから他になにかおもしろいダンジョン配信ができないかなってね」

「おもしろいって、なにかあるかな? やーれんそーらん」

「うん。コタローはグレートチームって知ってる?」

「みーたーはーらーぼくじゅうこぼ……えっ? グ、グレートチーム? ああ……えっとまあちょっとだけなら」


 3年に一度、開催されているチーム対抗で行われるダンジョン探索者の大会だったか。あんまり興味が無いので詳しくは知らない。


「今年開催されるんだけどね、わたしにこんなメールがきてたの」

「メール?」


 パソコンからメールソフトを開いて俺へと見せる。


「……グレートチームへの参加招待?」


 それは大会運営から送られてきたメールで、なんでも昨今、人気急上昇中のVTuberであるアカツキをグレートチームへ招待枠として参加してもらいたいというような内容のものだった。


「これに参加して配信したらおもしろいと思わない?」

「まあ……おもしろくなるかはわからないけど、これってチーム対抗の大会なんだよね? 俺とアカネちゃんの2人だけでも出場できるの?」

「一応、ルールとしては大会に参加できるのはチームメンバーの3人以上20人以下で、チームは活動期間1年以上。参加は自由だけど大半は大手みたいだね」

「じゃあダメじゃない? 俺たち活動期間1年のチームとかじゃないし」

「招待枠だから特別に活動期間と3人以上ってルールは免除してくれるみたい。だから2人でも出場はできるよ」

「そうなんだ。チーム対抗ってなにするの?」

「魔物の素材を集めて、素材ごとに付与されたポイントが一番多いチームの優勝。それだけ。わかりやすいでしょ?」

「ルールはあるの?」

「他の参加者や一般の探索者への危害や窃盗行為はダメ。あとは素材を事前に持ち込むのもダメだけどそれは当然だよね」

「うん」


 特にややこしいルールはなさそうだ。


「不正はカメラ付きのドローンを飛ばして確認するみたい。けど毎回、素材を奪われたとかでもめるらしいし、あんまり役に立ってないかもね」

「そうなんだ」


 電波遮断装置とかもあるし、完全に不正を防止するのは難しそう。


「ポイントが高いのはレア素材だろうし、優勝を目指すなら深層の魔物を狩ることになると思うけど、俺たちはまだ深層に行ったことないし危険じゃないかな?」

「コタローなら深層も余裕でしょ?」

「そ、そんなことないよ。深層の魔物なんて倒したことないし……」


 中層すらまだ未経験だ。

 深層の魔物を倒すなど無理だと思う。


「それに他のチームはたぶんどこも20人で大会に臨むだろうし、俺たち2人だけじゃ不利だと思うけど」


 素材集めならば人数の多いほうが有利なのは当然だ。


「確かに2人は少な過ぎだよね。まあでもコタローが100人分くらいだし、全然余裕でしょ。深層の魔物をがんがん倒して優勝しちゃえるって」

「い、いやいや無理だって……」


 今の俺じゃ深層の魔物をがんがんなんて倒せない。

 以前に倒した巨大サソリの異形種だって、きっと浅い階層で発生したものだ。深層からの異形種だったなら俺なんかじゃ倒せなかった。


 俺はそんなに強くない。

 しかしアカネちゃんは俺をものすごく強いと思っているらしく、このままだと深層に行って彼女を危険に晒してしまうかもしれないし、不正を行う参加者からの攻撃も怖い。それらを避けるためには出場は止めるべきなのだが、しかし言っても聞かないだろうしさてどうしたものか? 俺よりも心強いチームメイトでもいたらいいんだけど。


「ん?」


 と、そのとき俺のスマホが鳴る。

 手に取って画面を見ると、どうやら会社からのようだった。

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