第145話 小田原智の思惑(小田原智視点)

 ドルアンもいなくなり、続いて佐野も部屋から出て行く。

 円卓の間には智と夢音だけが残った。


「あのじじい、なにを嬉しそうに出て行きやがったんだ?」


 機嫌の悪そうだったメルモダーガが、佐野が寝室になにかを用意したと聞いた途端、嬉しそうにして部屋を出て行った。

 よほど欲しているものなのだろう。しかしそれがなんなのか? 智にはわからなかった。


「パパの好きなもの、だねぇ」

「じじいが好きなもの? ゲートボールができる猫でももらったのかよ?」

「猫? ははっ、もらうというか、猫はパパのほうかもね」

「?」


 なに言ってんだこいつ?


 おかしそうに笑う夢音だが、その理由を智は理解できなかった。


「それよりもさ、なんであんた白面の始末に行かせてくれって言わなかったのさ? 殺したいんだろ? 白面をさ」

「ああ……」


 仮面野郎を殺したい。智の中にあるその感情はなによりも強く、今もなお怒りは腹の中で激しく渦巻いている。


「俺が魔人になったのは、あの仮面野郎をぶっ殺すためだ。あの野郎を早く殺したくて身体が疼いてたまらねぇよ」

「じゃあどうしてだい?」

「最高のスキルを手に入れた今の俺からすれば、仮面野郎をぶっ殺すなんて簡単だ。けどあいつを殺して俺の人生が終わるわけじゃねぇ。俺にはデュカスの魔人としてのその後がある。それを考えて、俺はまだ仮面野郎を殺さねぇのさ」

「白面をすぐに殺さないことで、あんたにメリットがあるってことか?」

「そうだ。ドルアンを含めた他の魔人が仮面野郎に殺される。そのあとに俺が仮面野郎をあっさりとぶっ殺せば、俺は自他ともに認める最強の魔人という称号を得られるだろ? そうなればトップのメルモダーガすら俺の機嫌を伺って、逆らえなくなるぜ」


 そのために今は我慢をしている。

 他の魔人が殺され、メルモダーガがすがってくるそのときまで、智は内に燃える憎悪に耐える気でいた。


「ふーん。でもさ、白面が他の魔人に殺される可能性もあるんじゃないの?」

「ああ。だからこれは賭けだな。俺に殺されるまであの野郎が生き残るほうへ、俺は賭けたんだよ。分の悪い賭けかもしれねーがな」


 仮面野郎が異常な強さを持っていることは知っている。だが所詮はただの人間でしかない。人間を超えた存在である魔人に勝てるとは思っていなかったが……。


「だが野郎は3本角の魔人を2人も倒しやがった。この賭けは勝てるような気がするぜ」

「……確かに、ジェイニーとミレーラは魔人の精鋭だったからね。あの2人がやられたなら、他の魔人もあぶないかもねぇ」

「そうだろ? お前も今のうちに俺へ媚を売っておいたほうがいいぜ。俺のでかい竿をしゃぶるとかしてな。ひゃははっ」

「でかい竿ね」


 そう言って夢音は呆れたようにため息をつく。


「どうだ? しゃぶりたいだろ? いいぜ。しゃぶらせてやるからそこへ膝をつけよ」

「はあ……」


 夢音はため息をつき、それから冷めた目で智を睨む。


「見くびるなよ粗チン野郎」

「あ?」


 こいつ今、粗チン野郎とか言いやがったか?


 上機嫌だった智だが、夢音の舐めた態度に怒りが湧いてくる。


「誰があんたの粗末なもんをしゃぶってやるかよ。魔人の七男になったからって、調子に乗ってんじゃないよ」

「うるせえ。女のくせに舐めた口利いてんじゃねーぞコラ。お前は女だ。俺の言う通りにしてりゃーいいんだよ。しゃぶれって言ってんだ。やれよ」

「嫌だね」

「……ちっ」


 拒否され、苛立ちが頂点に達した智は、大きく舌を打つ。


「お前を殺すことなんて一瞬でできるんだぞ。死にたくなければ……っ」

「やれよ」


 おとなしく俺の竿をしゃぶりやがれ。


 ……そう言い放ってやろうとした智の言葉を遮って夢音は言う。


「は? 冗談だと思ってやがるのか? 俺は本気だぜ?」

「そうだろうさ。だからやれよ。あたしは死ぬのなんて怖くないからさ」

「マジで殺すぞっ!」

「だからやれって言ってんだろ」

「てめえ……っ」


 夢音の目に迷いは無い。

 これから死ぬなんて恐怖は一切見せず、平然とした表情でそこに立っていた。


「そ、そうじゃねぇだろ。女ってのはよぉ、男に怯えて大人しく言うことを聞くもんだろよ?」


 今までの女はそうだった。剣を向けてでかい声で殺すぞと脅してやれば、怯えておとなしく言う事を聞いた。死にたくはないからだ。

 しかし夢音は平気な顔をして、怯えなど微塵も見せずに殺せと言う。それが智には不可解だった。


「そうかもね。あんたみたいな乱暴な男に脅されれば、普通の女は言うことを聞くだろうさ。けどあたしはあんたが犯してきた普通の女みたいな人生は送ってきてないからね。いつ死んだって構わない。あたしはそういう人生を送ってきたんだよ。死ぬのなんて、ガキの頃から怖いなんて思ってなかったさ」

「は? なに言ってやがる? 死ぬのが怖くねーなんて有り得ねえだろ?」

「おぼっちゃん育ちのあんたにはわからないだろうさ。神様に嫌われた人間の人生なんてさ」


 そう言って夢音は卑屈そうに笑い、それから踵を返して智から離れて行く。


「……意味わかんねぇ」


 死ぬのなんて怖くない。口ではそう言っても、実際に殺されそうになれば普通は恐れて、助命を求めるはず。夢音もそうだろうと最初はそう思っていたが……。


「あいつ、本気で死ぬのが怖くないのか?」


 目がマジたった。


 夢音の雰囲気に気圧されてしまった智は、怒りも忘れてその場に立ち尽くす。


「変な女だ」


 智の知る女とは、自分に媚を売るか自分を恐れるかのどっちかだ。夢音はどちらでもない。智にとってそれは非常に不気味で、しかし不思議と興味深くもあった。

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