第22話 事件後、会社にて

 例の件で小田原は謹慎になったので会社には来ていなかった。


 あれだけのことをやって釈放されてるのもおかしいが、まさか会社をクビにすらなっていないとは。

 父親である専務が優秀な弁護士を雇って証拠不十分となり、親子で社長に土下座してクビは繋がったと聞いたが……。


 ひどい話だな。


 小田原は大勢にひどいことをした犯罪者だ。

 それを許した司法も、クビにしなかった会社もおかしい。


 ……などと一般的な考えを自分の机でぼんやり考える。


 俺は別に正義の味方じゃない。犯罪者に甘い我が国の司法や会社の判断を嘆く気持ちはあるも、それは小田原が刑務所に行かずクビにもならず残念という個人的な嘆きであって、正義心からの怒りや悲しみなどは無い。

 今回だってたまたま犯罪組織を壊滅させるに至っただけだ。


 自分が痛い思いをするのは嫌だし、アカネが傷つくのはもっと嫌だ。なるべくなら危険なことには関わりたくない。俺は目立たず慎重な人生を歩みたいのだ。


 今回は敵が弱かったので勝てた。

 しかし次はわからない。異世界にいたころの俺ならば怖いもの無しだったが、今はクソザコなのだ。今後も危険には首を突っ込みたくはない。


 アカネのためにダンジョンへは行くけど、危険なことが起きないように祈るばかりである。

 


「小田原課長クビにならなかったんですねー」


 隣で後輩の相良早矢菜がそう俺に声をかけてくる。


「そうみたいだね」


 社長は自分の娘を襲った小田原をクビにしなかった。

 その理由は本当に謎だ。社長がアカネを大切に思っているのは間違いないし、これにはなにか理由があるのだとは思った。


「あれだけの犯罪行為やらかして刑務所に行かないどころか、会社をクビにすらならないとかヤバくないですか?」

「まあ……証拠不十分だったみたいだからね」

「なんか専務がすごい優秀な弁護士を雇ったそうですよ。それで証拠不十分になったみたいですけど、そうでなかったら今ごろ拘置所じゃないですかね」

「うん」


 その優秀な弁護士がいなかったら有罪になって刑務所行きは確実だったと思う。


「けど、アカツキとかいうVTuberを襲った件はどうなったんでしょう? あれは証拠十分じゃないですかね? 動画もありますし」

「さあ……」


 それは俺も気になっている。

 なぜかそっちほうでも無罪放免になっていることに。


「謹慎から戻って来たら平社員だそうですよ。先輩、顎で使ってやったらどうですか? もうあの人は課長じゃないんですし」

「いやー俺はそんな陰湿なことしないよー」


 このあいだひっぱたいたり土下座させたから、それでスッとしたし。


「そうなんですか? 先輩って陰キャだからそういう陰湿な仕返しとかするんだと思ってました」

「ははは……」


 誰が陰湿な仕返しする陰キャじゃ。その通りですけど。


「あ、あの末松さん」

「うん?」


 後輩の男性社員が俺に声をかけてくる。


「これ、このあいだ旅行へ行ったときのおみやげなんでよかったらどうぞ」

「あ、うん。ありがとう」


 饅頭だ。どっかの温泉街の土産だろう。

 まあまあ高そうな土産をもらったけど、旅行の土産をもらうなんて初めてだ。


「あのっ、末松さんっ、これっ、バレンタインデーのチョコなんでどうぞっ」


 後輩の女の子にいきなりチョコを渡されて困惑する。


「ええ……バレンタインデーじゃぜんぜんないけど?」

「去年のぶんだと思ってもらってくださいっ。それじゃっ」


 机にチョコを置いて女の子は行ってしまう。

 当日でもバレンタインチョコなんてもらったことないんだけど。


「あ、末松君おはよう。この時計いらないからあげるよ」

「えっ? い、いやこんな高そうなのもらえないですよ」


 今度は先輩社員から時計を渡される。

 時計に詳しくないが、とても高そうな時計に見えた。


「いや、いいからいいから。安物だから気にしないでもらって」

「そ、そうですか? ありがとうございます」

「うん。これからもよろしくね」

「は、はい」


 先輩社員は俺の肩をポンと叩いて行ってしまう。


「それすごい高いやつじゃないですか? カルなんとかっていう」

「そ、そうなの? いやなんでこんな高いの……」

「ははーん」


 早矢菜が目を細めてニヤリと笑う。


「先輩が社長の娘さんと仲良しって話が知れ渡ったんでしょうね。それでみんな急に先輩へ媚を売り出したんですよ」」

「いやでも、社長の娘と仲がいいからって、俺に媚売る意味なんてあるかな?」

「ありますよ。だって娘さんと仲良しなのは社長公認なんですよね?」

「まあ」

「ということは、先輩は社長のお眼鏡に叶っているということじゃないですか」

「そういうのとは違うような……」


 仕事を評価されているわけじゃない。

 社長との関係はアカネを介した個人的なものだし。


「小田原さんが降格で課長の席は空白ですし、これは先輩が後釜ってことも」

「いやいやっ、平社員の俺がいきなり課長は無いでしょっ。小田原課長の後釜はたぶん係長の誰かだよ。もしくは他の課から誰か異動して来るとか」

「わかりませんよ。社長の一存で大抜擢なんてこともありえますって」

「抜擢されても困るよ。いきなり課長なんてできないし」


 長が付く役職なんてやったことないのに、いきなり課長なんて無理だ。

 王が付く役職ならやったことあるけど、あれとは違うだろう。


「できますよ。小田原さんでも務まるんですから。あの人、偉そうに指示するだけで自分はほとんど仕事してませんでしたし」

「あの人と一緒じゃダメだと思うなぁ」


 仕事できないのに役職をもらって平気で偉そうに指示するずうずうしいメンタルなど俺には無い。


 ビーッ! ビーッ!


 そのときスマホから大きな音が鳴る。

 アラームだ。俺だけでなく、職場の全員がスマホからアラームを鳴らしていた。


「ダンジョンで異形種が大量に発生して、何匹かが町へ出たみたいですね」


 スマホを確認しながら早矢菜が言う。


 異形種が大量に発生したのは俺とアカネがよく行くダンジョンのようだ。


 異形種が大量に発生してダンジョン外へ出てくることはそれほど珍しいことではない。それゆえ、異形種がダンジョン外へ出た場合は、近隣にいる者たちへ危険を知らせるためにスマホのアラームが鳴るようになっている。


「ってことは、国家ハンターじゃ抑えきれないくらい大量に出現したってことでしょうし、しばらくは外回りに行けないかもですね」

「そうだね。まあでも、すぐに討伐されるんじゃないかな?」


 国家ハンターは自分たちで手に負えないダンジョンでの危険が発生した場合、強力な魔物ハンターを呼んで対処をしてもらっている。今回もそうなるだろう。


「今回もブラック級のあの人が来るんですかね?」

「たぶんね」


 異形種は強力な魔物だ。

 大量発生となればゴールド級以上の魔物ハンターを呼ぶべきなのだが、もらえる謝礼は少ない上に異形種はやたら強いだけで素材は落とさない。

 ほとんど利益は無いので、ゴールド級以上のハンターは国家ハンターの呼び出しには応じないのがほとんどなのだ。


「変わり者ですよね。ブラック級がたいしてお金になるわけでもないのに国家ハンターの呼び出しに応じるなんて」

「うん。えっと……名前はなんて人だっけ?」

「えーっと、ちょっと検索してみますね。っと……あ、出ました。ディアー・ナーシング……って名前みたいです」

「日本の人じゃないの?」

「いえ、日本人みたいですよ。本名は鹿田無未しかだなくみってあります」

「えっ? じゃあディアー・ナーシングってなに?」

「真名ってありますけど」

「ま、真名?」


 どうも痛い人のようだ。


「ん? 鹿田……無未?」

「どうしました?」

「あ、いや……なんかどこかで聞いたことあるような気がして」

「日本に3人しかいないブラック級のハンターですからね。ネットかテレビで名前を聞いたんじゃないですか?」

「ああ、たぶんそうかも」


 日本に3人いるブラック級で唯一の女性。

 姿はネットの画像でしか見たことはないが、年齢は25歳でかなりの美人だったと思う。あとおっぱいがでかい。これだけは明確に記憶している。


「なんか漆黒の女王とか呼ばれている人みたいで、見た目もすんごい冷たいですよね。人とか平気で殺しそう」

「そ、そうだね」


 ネットの画像を見ると、早矢菜の言う通り鹿田さんは冷たい印象の女性だ。


「さて、そろそろ仕事を始めないとな」


 いつまでも話してはいられない。仕事仕事。


「けど外回り行けませんしー昼寝でもしてましょうよー」

「いや、外回りだけが仕事じゃないでしょ……」


 と、仕事を始めようとしたとき、俺のスマホが鳴る。


 画面を見ると、相手はアカネだった。


「もしもしアカネちゃん?」

「コタロー、今すぐダンジョンへ来なさい」

「えっ? ダンジョンって、もしかして異形種が大量に発生した?」

「当たり前でしょ。異形種の大量発生をライブ配信すれば絶対バズるから」

「ダ、ダメだよ危ないから。それにアカネちゃんは学校でしょ?」

「もう向かってる。コタローも早く来て」

「ええ……もう向かってるって、危ないからダメだって」

「配信は遠くからするし大丈夫。コタローを呼ぶのは念のためだから、来ないならわたしだけで行くよ?」

「い、いや俺も仕事が……ああ、もうわかった。行くよ」


 遠くからとはいえ、危険な場所へアカネをひとりで行かせるわけにはいかない。


「じゃあ待ち合わせは駅でいいね? 急ぎなさい。仮面を忘れないでね」


 そこで通話は切られる。


「社長の娘さんですか? 危ないって……」

「ごめん。ちょっと出てくる」

「えっ? 出てくるって、異形種が町にいるのにあぶないですよっ。先輩っ!」


 早矢菜の呼ぶ声を背に受けつつ、俺は急いで外へ出た。

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