第23話 漆黒の女王

 人のいないところで仮面を被り、走って駅へ行くとすでにアカネがいた。


 駅前だというのに他は誰もいない。

 異形種が町に出たことで皆、避難したのだろう。


「ごめん、ちょっと待たせちゃった」

「わたしもさっき来たとこ。さ、行こ」

「うん」


 サングラスとマスク姿のアカネを連れてダンジョンへ向かおうとする。と、


「うあっ!?」


 いきなり巨大なゴブリンが上空から襲い掛かって来て、咄嗟にアカネを抱えた俺は後方へと飛び退る。


「ダンジョンからここまで出てきたのかっ!」

「じゃあもう配信始めちゃうね」

「よ、余裕だね君は」


 下手をすれば死んでいたかもしれないのに。


「コタローを信じてるから」

「過信はしないでって」


 軽トラックほどもある棍棒を振り上げて向かって来た巨大ゴブリンの頭を、蹴りの一発で消し飛ばして俺はため息をついた。


「そんなに強くて自信が無いのって不思議」

「強くないって」


 昔にくらべればクソザコもいいとこだ。


「はーい☆みんなこんにちはーアカツキだよ☆緊急ライブ配信だけど、見てくれてる人はいるかなー☆今見てない人や忙しくて見れない人はアーカイブで見てね☆」


 配信が始まり、アカツキとなったアカネが視聴者へ向かって話し始める。


「今回は大量発生した異形種が町中へ出たダンジョンへ向かうよ☆たくさんの異形種がどうやって退治されるのか乞うご期待☆向かう途中に現れた異形種は白面さんが倒すからそこも注目してね☆」

「は、白面でーす」


 カメラを向けられたので、俺はてきとうに手を振る。


「じゃあ出発☆レッツゴー☆」

「ゴ、ゴー」


 このノリ陰キャにはつらいなぁ。


 そんなことを思いながら俺はアカネを連れてダンジョンへ向かった。


 ……何匹かの異形種を倒しつつ、ダンジョンからやや離れた場所へ到着する。

 遠目に見えるダンジョンの入り口では、異形種が外へ出てくるのを国家ハンターが必死に防いでいる光景が見えた。


 外へ出てしまった異形種は警察や自衛隊が退治に奔走している。

 一般のハンターも幾人か協力しているようだが、状況はあまり芳しくないようだ。


「大変なことになってる☆国家ハンターや警察自衛隊、一般のハンターが異形種と戦ってるけど、あんまり倒せてないみたい☆」


 その通り。警察や自衛隊は銃火器を用いて異形種と戦っているが、ほとんどダメージは無いように見える。

 異形種はとにかく頑丈だ。弱い部類の奴でも銃弾やロケットランチャーなど効かないし、強い部類のは戦闘機から放たれたミサイルにも耐えたと聞く。

 幸運なことに俺がここへ来るまで倒してきたやつや、以前に倒した巨大サソリは弱い部類だ。強い部類と戦えばどうなるかわからない。


「おーめちゃくちゃ劣勢だね☆どうなっちゃうんだろー☆えっ?白面さんに行ってもらったほうがいいって? 白面さんはあたしの護衛だからね☆積極的にあぶないことをさせたりはしないの☆」

「そうです」


 俺はアカネの護衛として来たんだ。

 危険を犯すためではない。


 とはいえ、近くには会社もある。

 職場に危害が及ぶようならば、行かざる負えないだろう。


「もう少し近くに行ってみようか?」

「えっ? あぶなくないかな?」

「大丈夫だよ。この状況ならいつも来るブラック級の人がそろそろ来るだろうし」

「う、うん」


 恐らくそうだろう。


 俺とアカネがさらにダンジョンへ近づいたとき、


「あっ」


 上空から黒い球体が落ちてくる。

 その黒い球体は、落下の衝撃とともに異形種を何匹か吹き飛ばす。


「来たみたいだね」


 衝撃で舞い上がった粉塵の中から何者かが現れる。

 黒いドレスを纏った黒い長髪の女。


 ブラック級11位。ディアー・ナーシング……こと鹿田無未さんだ。


「現れたね漆黒の女王」

「う、うん」


 漆黒の女王……。実に中二くさい。


 しかし外見はまさに漆黒の女王で、そういう雰囲気ではあった。


「おおっ! 女王様だっ! 女王様がおいでなさったぞっ!」

「女王様ーっ!」


 いつの間にかカメラを持った集団が現れ、鹿田さんへ向かってシャッターを切る。


 どうやらファンがいるようだ。

 しかしよくもこんな危ない状況で出て来れるものである。


 ファンの数は100人くらいだろうか?

 大勢が鹿田さんへ声援を送り、写真を撮っていた。


「ディアー様ーっ! 蔑むような視線をくださいーっ!」

「俺にもその冷たい視線をーっ!」

「俺を罵ってくれーっ!」

「踏んでくださいーっ!」

「いっそ殺してくださーいっ!」


 ……特定の層に大人気のようだ。


「おー☆漆黒の女王のファンが集まって来たよ☆こんなところに来るなんて命知らずだねー☆あははー☆ なにあれドMってやつ?」


 口元のマイクを手で覆ってアカネは小声でそう呟く。


「素の君になら彼らみたいなファンがつくかもよ?」

「なにそれどういう意味?」

「いやその……」

「まあいいや。さ、漆黒の女王はどうなったかなー?」

「あ、うん」


 視線を鹿田さんのほうへ戻す。


 周囲の異形種が漆黒の女王こと鹿田さんへ一斉に襲い掛かって行く。

 鹿田さんは動かない。が、


「おおっ!?」


 地面から大きな真っ黒い手が生え伸び、異形種を掴んで地面へ引きずり込む。

 異形種は次々とその手に引きずり込まれ、やがて1匹もいなくなった。


 あれは鹿田さんのスキルか。

 なんとも禍々しいものに見えた。


 それから国家ハンターと警察自衛隊、討伐に参加したハンターたちはダンジョン内へ入って行く。中から外へ出ようとする異形種の対処に向かったのだろう。


 鹿田さんは黒い手に乗ってその場から飛び立ち、どこかへ行く。恐らくダンジョンから離れて行った異形種を倒しに行ったんだと思う。


「俺たちはどうする?」

「漆黒の女王を追ったほうがおもしろいかな。コタロー追って」

「追えるかなぁ? 相手はブラック級だし……」

「追うのっ!」

「うわぁおっ!? 追いますっ!」


 抱きつかれておっぱいを押し付けられた俺はアカネを抱えて跳躍し、ビルからビルへ飛び移って鹿田さん【漆黒の女王】を追った。

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