第141話 襲来するもうひとり
そろそろ始末してもいいか。
……いや、まだこいつを殺すわけにはいかない。
「これ以上、苦しみたくなければ俺の質問に答えろ。お前を魔人にしたのは誰だ? 小田原智はどこへ行った? 言え」
「けけ……けっ」
潰れた顔を再生させつつジェイニーは掠れた声で笑い、問いには答えない。
「まだ痛い目に遭いたいか?」
「けけ、痛いのは十分だ。次はお前が痛みを味わう番だよ」
「無駄だ。お前の力では俺に痛みを与えることはできない」
「そうかな? ところで、ずいぶんとあたしの返り血を浴びちまったようだねぇ」
ジェイニーの言う通り、俺の身体には返り血がかかっていた。
「『ペイン・リベンジ』。血を浴びた相手に受けたダメージをそのまま返す。魔人のあたしは顔を潰されても死なないが、あんたはどうかねっ!」
ジェイニーの瞳が怪しく光る。
「けけけっ! さあ今度はお前の顔が潰れる番だよっ! けけーっ!」
「……」
……しかしなにも起こらない。
俺の顔は少しも潰れることなどなかった。
「な……なんでっ?」
「状態異常によるダメージは無い。そう言ったはずだ」
「げぼがぁっ!?」
右の手刀でジェイニーの胸を貫く。
血液による呪いのようなものだろう。
俺に呪術の類は一切効かない。
「俺の問いに答えればこのまま殺してやる。答えなければ、お前が想像もできないような痛みをくれてやる」
「ぐ、うう……お、小田原がどこへ行ったのかは本当に知らない。あ、あたしを魔人にした者は……こ、答えられない」
「痛みを味わいたいか?」
左手の指に炎を纏わせ、目玉へと近づける。
「目玉を炙ってやる。それでも黙っていられるか?」
「ち、違うっ! 言えないんだよっ! 言えないようになっているんだっ!」
「……」
こいつの言っていることは本当か?
本当だとしたら、口止めをするための魔法のようなものがかかっているのかも。
「ならもうお前に用は無い。このまま始末して子供たちに書かれた血文字の刻印を……」
……いやちょっと待て。今までこいつが使ってきた魔人スキルとやらは『ペイン』。痛みに関するものばかりだ。
刻印を施して子供たちを魔人化させる別のスキルを持っているのか?
だとしたらなぜ今それを使わない?
疑問に思う俺の頭上で、突如として破壊音が……。
「!?」
屋根を破壊してなにかが降ってくる。
人? いや……。
手刀を抜いて飛び退ると同時に、
「ぎゃっ!」
振って来たそれはジェイニーを頭から踏み潰す。
「かかかっ、さっきぶりですねぇ」
ホテルで襲って来た魔人。
……似ているが違う。奴は異様に筋肉質だったが、こいつは細い。それにあの魔人の身体はケビン君だったはず。ということはこいつ……。
右足首に血文字の刻印。
それはアンナという女の子の足にあったものと同じだった。
「どうやら身体は違っても中身は同じようだな」
「かか、バレているなら教えてあげますよ。これは私の魔人スキル『アバター』です。人間の身体を使って分身を作る……」
「けれどただの分身じゃない。個体差がある」
「正解です。前に戦ったのはパワータイプ。これはスピードタイプですよっ!」
目の前から魔人の姿が消える。
瞬間、俺が上体を反らすと眼前を拳が通り過ぎた。
「よ、避けたっ!?」
驚愕に歪む魔人の手を掴む。
「子供の身体を解放しろ。痛い思いをしたくなければな」
「するわけないでしょう。かかっ、やれるものならガキの身体ごと私を殺してみなさい」
「……」
本体がどこかにいるはずだ。
どこにいる?
と、俺はそこで思い出す。
ケビン君と初めて会ったとき、ジェイニーともうひとりのシスターが迎えに来たことを。
「本体はあのミレーラというシスターか」
居場所を知っていて連れ戻しに来たのをジェイニーと思ったのは勘違いだった。
血文字の刻印を施すことによって、ケビン君の居場所を知っていたのはもうひとりのシスター、ミレーラのほうだ。
「ご名答。しかしそれがわかってどうなります? 本体がどこにいるかあなたにはわからないでしょう?」
「ああ。けどそう遠くにはいないはずだ」
俺たちを殺す気でいるならば逃げる必要は無い。本体は教会でのうのうとシスターをやっているか、施設のどこかに隠れているはずだ。
「本体を捜す前に子供の身体を返してもらうぞ」
「なに? こ、これは……」
掴んでいる腕から魔力を吸収する。
「があああ……なん……だと」
魔力を吸収した魔人の身体は、やがてアンナの姿へと戻る。
「やはり魔力で魔人化させていたか」
あのときガス欠と言っていたのは魔力のことだ。
ならばその魔力さえ取り除けば元へ戻せる。
「アカネちゃん、この子を」
「あ、うん」
意識の無いアンナをアカネちゃんに渡す。
「本体……ミレーラはどこにいるんだろうね?」
「教会か施設内のどこかだと思う。……どこへ行く気だジェイニー?」
「ひっ……」
すでに身体を再生させ、この場から逃げようとしていたジェイニーの身体がビクリと震えた。
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