第186話 ユンの計画
なんであいつがここに?
……いや、ご存じの通りなクズ野郎だ。意外でも無いかもしれない。
「知り合いかい?」
「知ってるだけだ。知り合いなんて間柄じゃない」
しかしまさかこんなところで再会するとは。
あれからどうしたなんて、まったく気にしていなかったが、どういうわけか中国で魔人になっていたようである。
「ははん。有名人に抱かれるってんで緊張してんだな。安心しろよ。長く使えるようにできるだけやさしくしてやるからよぉ」
「ああ言ってるけどどうする? 抱かれてみる?」
「本気で言ってるのか?」
「意外と悪くないよ。癖になる」
「……俺はごめんだね」
童貞の前に処女を失うなど、冗談でも笑えない。
「おい早く来いってっ! 俺をイラつかせるなっ!」
「わかってるよ」
俺はため息を吐いてベッドへと近づく。
「へへ、なんだお前ら双子か? 姉妹丼ってのも悪くないな」
近づいた俺へ、加賀木が手を伸ばしてくる。
「相変わらずの女好きか」
「っ!?」
伸びてきた手を掴んだ俺はそのまま捻り上げる。
「いだだだだっ! てめえなにしやがるっ!」
「魔人とデュカスには関係があるのか? 口で答えられないのはわかっている。だから質問には頷くだけでいい」
「な、なんだと? なんだてめえはっ!」
「なんでもいい。どうなんだ? デュカスと魔人には関係があるのか?」
「うるせえっ!」
加賀木は掴んでいる手を振り払い、ベッドの上へ立ち上がる。
「てめえ部下が攫ってきた女じゃねーな。何者だ?」
「お前のファンだよ。桜ノーマンさん」
「ふざけんじゃねぇっ! なんだっていいっ! ぶっ殺してやるっ!」
と、加賀木の姿が変わっていく。
その姿は予想通り魔人で、角は額にひとつだった。
「来やがれっ!」
加賀木が叫ぶと、部屋の壁を破壊して無数の巨大なオオカミが現れる。
これが魔獣という生物だろう。
見た目はただの大きなオオカミだが体毛はそれぞれ違っていて、目の色は血液のように真っ赤であった。
「そいつを食い殺せっ!」
加賀木が命令すると、魔獣の姿が一斉に消える。
なるほど。このスピードは尋常では無い。が、
「ふん」
超スピードで襲い掛かって来た魔獣たちが俺の周囲で動きを止める。そして俺が指をパチンと鳴らすと、魔獣たちの頭は吹き飛んだ。
「な、な……っ」
目を剥いて明らかに動揺する加賀木。
俺がベッドへ上ると女らは逃げ出し、そこには怯えた表情で尻をつく加賀木だけが残った。
「な、なんだてめえはっ?」
「だからお前のファンだよ」
俺は加賀木の前に屈み、じっと睨みつける。
「質問の続きだ。デュカスと魔人に関係はあるのか? あるなら頷け」
「し、知らねーよデュカスなんかっ」
「本当か?」
俺は加賀木の人差し指を摘まんで握り潰す。
「ぎゃっ!」
痛みに叫ぶ加賀木。
指はすぐに再生し、ふたたび俺はその指を摘まむ。
「お前は一体どれだけの人間を魔獣に変えてきた? その罪はこんな痛み程度で許されるものじゃない。死を持って償うべきだ」
「ま、待てっ! 質問に頷くっ! 頷くからっ!」
必死な形相で加賀木は頷く。
やはりデュカスと魔人には関係があるのか。
……いや、助かりたくて嘘を吐いているだけかもしれない。具体的なことを知るにはしゃべらせるしかないが。
「どういう風に関係している?」
「うう……」
「しゃべれないのか?」
そう聞くと加賀木は泣きそうな顔で首肯する。
やはり口では話せないように魔法がかかっているのか。
「文字でなら書けるか?」
「た、たぶん無理だ。よくわからないけど、できないような気がする」
「……」
本当か? 嘘では……。
いやしかし、秘密を漏らさないための魔法がかかっているとしたら、話すことはできなくとも、文章でなら伝えられるというのも考えにくいか。
「な、なあ話したんだしもういいだろ? 解放してくれよ。知りたいことがあるんだったら、できるだけ協力してやるからよぉ」
それにこんな奴が命をかけて秘密を守るとも思えなかった。
「ちょっといい?」
と、横からシェンがベッドへ上がってくる。
「こいつに聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと? って……」
「そいつが黒幕かどうかってこと」
背後で戸塚がそう答える。
「魔獣の件はこれで解決だろ? なにを聞くんだ?」
「僕もそう思ったんだけど、本当にこいつがこの件の黒幕なのか気になるってシェンがね。彼は日本人だ。日本人の彼が中国政府のために動いているのは、どうにも違和感があるとは僕も思う。まあ彼の思想は知らないけど……ほら、そういう風には見えないだろ。彼は。政治とか興味無さそうだし」
「中国政府にデュカスが協力しているんじゃないか?」
中国政府の頼みでデュカスがこいつを貸し与えてると考えるのが妥当か。
「ま、その可能性が高いだろうとは僕も彼女に言ったんだけど、念のため聞いておきたいって言うもんでね」
「そうか」
まあいいだろうと、俺はシェンに任せることにする。
「それで、あんたを使ってる黒幕は誰なの?」
「く、黒幕は……」
加賀木は言い淀む。
それを見たシェンは加賀木の腕をつねり上げる。
「い、いたた……ぎゃあっ!?」
つねった部分が変色して腐っていく。
「わたしのスキルはお前の身体をすべて腐らせることができるよ。答えて」
「わ、わかったっ! 黒幕はユン・シェンフォアだっ! 中国政府の高官をやってる……や、奴も魔人だっ! 奴の命令でやってるっ!」
加賀木はあっさり黒幕の名前を口にする。
しかし中国政府の高官か。
そんなところにまで魔人が入り込んでいるとは、ゾッとする話だ。
「ユン・シェンフォアとは定期的に連絡を取っているの?」
「あ、ああ。今朝も連絡を取った」
「奴は今どこに?」
「え、えっと、確か今夜に決行する計画があって、ユンはその現場に行ったはずだけど……」
「計画って?」
「大物反政府活動家を殺す計画だよ。ユンは中国政府を裏切る振りをして大物反政府活動家をパーティに呼び出して、そこで魔獣を放って始末する気なんだ」
「待て。魔獣はお前の言うことしか聞かないんじゃないのか?」
気になった俺は話に割り込んで尋ねる。
「なにか勘違いしてるようだがよ。魔獣を作るには魔人の血があればいいんだ。つまり魔人なら誰でも魔獣は作れる」
「えっ? じゃあお前のスキルなんなんだ?」
「なにって……精力が無限になるスキルだよ」
「は?」
精力が無限?
「俺って戦闘向きのスキルじゃないからさ。ここで魔獣を作らされてたってわけ」
つまりこいつは魔人の役立たずだから、その血だけを利用されてたってことか……。
「魔獣を作る施設はここ以外にも国内に10くらいはあるぜ。こんなことしてるのは俺だけじゃないんだ。けど俺はお前たちに協力していろいろ教えてやったぜ。だから俺だけは助けてくれるよな?」
「こんな施設が他にもあるのか……」
こんな施設がいくつもあるなんて、下手に政府批判などできない怖い国だ。
「それでそのパーティはどこでやるの?」
「ええっと、確か日本と中国を往復するクルーズ船だったかな? 他の反政府活動家とかそれを支援する金持ちが参加してるから魔獣で皆殺しにするって言ってたぜ」
「な、なんだってっ? そのパーティってまさか……。
いや、恐らくそうだ。
そのパーティとは、アカネちゃんが乗るクルーズ船で行われるものだと、俺は思った。
「命令無しで魔獣を放てば、魔人以外の生物はなんでも食い殺しちまうからな。クルーズ船に何人乗ってるか知らねーけど、ユン以外は全員殺されるだろうぜ。けっけっけっ……えっ?」
転移ゲートを開いた俺は、そこへ加賀木を放り込む。行き先は宇宙の果てだ。生き死にはわからないが、2度と地球に戻ることはないだろう。
その転移ゲートを閉じ、ふたたびゲートを開く。こちらはアカネちゃんの乗っているクルーズ船へ通じるゲートだ。
――――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
加賀木のスキルは絶倫になるだけ……。戦いには役立ちませんが、本人は楽しそうなスキルです。
フォロー、☆をいただけたら嬉しいです。
感想もお待ちしております。
次回は小太郎を待つアカネちゃん視点です。
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