第260話 コタツが里からいなくなった本当の理由

 その姿はまさに美髯というにふさわしく、高く見上げた位置にある顔からは、白く立派な髭が足元まで垂れ下がっていた。


「わ、大きくなったっ!? あ、でもこれってコタツ君と同じ……」

「きゅー」


 竜族は身体の大きさを変えることができる。

 なのでこれが本来の姿なのだ。


「申し遅れました。私の名はビグラビグイド。竜の里では美髯公と呼ばれている老竜でございます」

「うん。もしかして竜人の町で俺を見ていたのはお前か?」

「はい。いずれあなたにはお会いしなければならないと思っておりました。しかし竜族が里の外へ出る場合は里長の許可をもらうことが掟となっております。その許可が下りることはなく、長い時間が経ってしまいました」

「俺に会いたかった? どうしてだ?」

「はい。それはそちらの御方……コタツ様のことでお話をしなければならなかったからです」

「それはコタツが里長の嫡子という話か?」

「はい。しかしまずは、なぜコタツ様が魔王様のもとへ行かれることになったのかをお話しなければなりません」


 コタツは怪我をして魔王城の庭に倒れていた。その理由は不明だったが、ビグラビグイドはそうなっていたわけを知っているようだった。


「コタツ様の本当の名はヴァルヴェイン。先代を務めた里長サクルサイラスの子として産まれ、次の里長にと先代から期待をされていた御方でした」

「コタツがサクルサイラスの子供……?」


 黒き竜サクルサイラスのことは知っている。


 確かにコタツは彼と同じ黒い姿の竜だ。

 しかしまさか彼の息子だったとは……。


「けどどうしてコタツは俺のところへ?」

「それは里長が急死なされたことに端を発します」

「サクルサイラスの急死……」


 それとコタツが魔王城の庭にいたことがどう繋がるのかわからなかった。


「急死の理由は病死とされました。しかし私は誰かに毒殺されたのではないかと疑い、里長が埋葬された地を掘り返して死体を調べてみました」

「それでどうなったんだ?」

「死体から取り出した心臓には、竜殺しの毒薬を飲んだときに見られる青い斑点がありました。検視では竜人の検視官を買収して病死ということにさせたのでしょう」

「買収したってことは、犯人はそれなりに地位の高い人間か?」

「はい。犯人は恐らく先代の弟で現里長のデルタデイドでしょう。人間との融和を目指していた先代の意見に反対し、逆に人間を滅ぼすように主張していた男です」

「デルタデイドか……」


 奴が里長になってからは竜族との戦争がたびたび起こっていた。話し合いには応じようとせず、力で無理やり抑え込んで戦いを終わらせたのだったか。


「しかし明確な証拠は無いんだな?」

「はい。デルタデイドは幼いヴァルヴェイン様では里長は務まらないと、先代の言葉を反故にして自らが里長となりました。ヴァルヴェイン様がまだ幼かったこともあり、里の皆はデルタデイドの言葉に一応の納得をしました。しかしヴァルヴェイン様が成長するまで。それがデルタデイドの里長就任を認める条件でした」

「ふぅむ……」


 つまりデルタデイドが里長でいられるのはコタツが大人になるまで。コタツが大人になったら立場を明け渡さなければならないのだが、里長を毒殺するような奴が素直にそうするとは思えない。


「私はデルタデイドがヴァルヴェイン様を殺害するだろうと予見しました。ですから私は幼いヴァルヴェイン様を里の外へと逃がしたのです」

「しかしその動きはデルタデイドに知られていた?」

「はい。私はヴァルヴェイン様を連れて必死に追っ手から逃げました。しかし追いつかれてしまい、追っ手と戦うことに……。追っ手との戦いで右腕を失った私はなんとかヴァルヴェイン様だけでもと先に行かせました。その後にヴァルヴェイン様がどうなったかはあなた様もご存じのことです」


 追っ手によって怪我を負わされたコタツは魔王城の庭に迷い込んで、そのまま倒れたということか。


「あんたはよく生きていたな」」

「生かされたというのが正しいですね。私が死んではデルタデイドにとって都合が悪かったでしょうから」

「どういうことだ?」

「もっとも老齢な私は里でも影響力があり、デルタデイドに反発していた立場でもあります。その私が里からいなくなり、ヴァルヴェイン様もいなくなっていたら里の者たちはデルタデイドに殺されたと考え、大きな反乱の火種となるかもしれません。それをデルタデイドは恐れ、私を殺さないよう追っ手には命令していたようです」

「それでデルタデイドはコタツが俺に誘拐されたことにしたと?」

「捜索の結果、ヴァルヴェイン様が魔王様のもとにいることが判明しました。その事実を利用して、デルタデイドは実質ヴァルヴェイン様を里から追放したのです。魔王軍と戦争をしてヴァルヴェイン様を取り戻すべきだと言う勢力もいましたが、なんのかんのと理由をつけてデルタデイドは魔王軍との戦争は避けていました」


 それはそうだ。コタツが戻れば里長の立場はいずれ失うことになるのだ。取り返すための行動をデルタデイドがするはずはなかった。


「別れる際、私はコタツ様の記憶を魔法で封じました。記憶があってはいずれ戻って来てしまい、デルタデイドに殺されると思って……」

「だからなにも覚えていなかったのか」

「掟を破ってでも里を抜け出して事情をお話に伺うべきでした。しかしこのように右腕を失った上、かつてよりも老いました。里を抜けて追われれば、追っ手を振り切る力はありません。しかしヴァルヴェイン様はしあわせに暮らしていると風の噂で聞き、ならばそれでよいかと、考えておりました」

「そうか……」


 俺も竜の里へ行ってコタツの素性は調べるべきだったかもしれない。そうすればデルタデイドを排してコタツを里長にすることもできただろうに……。


「私の話は以上になりますが、魔王様は里になにかご用がおありのようですね。もしかすれば私の話と関係があることでしょうか?」

「あ、いや、コタツのことで来たわけじゃないんだ。神龍と会いに来たんだ」

「神龍……ですか」


 神龍と聞いたビグラビグイドの表情は暗く落ち込んだように見えた。


「どこにいるか知っていれば会わせてもらいたいんだが」

「……知っていたというのが正しいですね」

「どういうことだ?」

「すでに亡くなっております」

「……」


 亡くなっている。それを聞いた俺はひどく落胆をした。


 ――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 本来ならば竜族の里長になっていたコタツ君ですが、魔王様と一緒にいるほうがしあわせそうですね。


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。


 次回はデルタデイドのもとへグラディエが……。

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