第258話 神龍を探しに竜の里へ

 ……神法を会得するためと、俺は千年魔導士に山奥へ連れて来られる。


「神獣なんて生き物、本当にいるのか?」


 神獣とは神の血液や髪の毛を体内に取り入れた雌の生き物から稀に生まれる生物らしい。その生物は神の力を持っており、強力な神法を使えるそうだが……。


「はい。その神獣と契約ができれば神法を会得できるでしょう」

「契約か……」


 神獣を倒して従わせることができればそれで契約成立らしい。

 しかし強力な神法を使うことができる生き物だ。簡単には勝てないだろう。


「ここなんにもないねー」


 アカネちゃんは周囲の山々を見渡して言う。


 確かになにも無い。俺たちが立っている山や周囲の山には木の一本も生えておらず、殺風景な岩肌だけが見えていた。


「動画の背景としておもしろくないなー。これは神獣に期待だね」

「うん」


 魔王の力で神法は防げない。と言うことは魔王眷属も天使に対しては意味が無く、アカネちゃんから俺が離れるわけにはいかないと連れて来たわけだが、そんな心配などよそにアカネちゃんは動画撮影にワクワクのようだった。


「遊びにきたのではないんじゃぞ」


 俺に肩車をさせながら雪華はアカネちゃんへ言う。


「肩車なんてされて雪華ちゃんのほうがよっぽど遊び気分じゃん」

「これは親孝行じゃ。年寄りに山道はきついからのう」

「転移ゲートで来たから山登りしてないし、雪華ちゃんはそもそも年寄りじゃないでしょ。むしろ一番若いじゃん」

「いちいちうるさい女じゃのー」


 と、雪華は俺の頭にがっしりと抱きつく。


「小太郎はわしの息子で男じゃから、わしにやさしくするのは当然なんじゃ」

「雪華ちゃんの息子はともかく、コタローはわたしの男なの。あんまりペタペタひっつかないでよね」

「わしゃ母親として認めておらん」

「母親なのに自分の男っておかしいでしょ?」

「おかしくない。わしは小太郎の母であり、女でもあるのじゃ」

「もうっ! コタローもなんか言ってやってよっ!」

「ああまあ……」


 言っても聞かないだろうし無意味だと思うが。


「きゅー」


 俺の代わりにか、コタツが足元で鳴き声を上げる。


「コタツ君もおかしいって言ってるよ」

「言ってることなんかわからんじゃろ」

「わかるしー。だってわたしとコタツ君は仲良しだもんねー」


 そう言ってアカネちゃんはコタツを持ち上げて胸に抱く。


「それで、その神獣てのはどこにいるの?」

「この奥に竜の里があります。そこに神龍として崇められる竜がいるそうです」


 竜の里。かつてサクルサイラスという竜が里長として納めていた里で、彼とは中立な場で何度か会ったことがある。排他的な竜族と人間の融和を目指していたそうだが、志半ばで亡くなってしまった。

 あとを継いだ里長のデルタデイドという竜は反人間派の竜で、サクルサイラスの思いは受け継がれず、竜族は排他的なまま現在に至っているそうだ。


「竜の里って……もしかしてコタツ君の故郷とか?」

「たぶんそうだと思うけど」

「たぶんって、コタローは竜の里でコタツ君に会ったんじゃないの?」

「いや、魔王城の庭で怪我して倒れていたのを俺が助けたんだ。なんか記憶を失っているらしくて、なんで怪我をしてたのか、どこから来たのかも覚えてないみたい」

「怪我って、誰かにやられたのかな? あ、でも、コタツ君は無効化の能力があるから攻撃は受けないし……」

「いや、そのころはまだ幼かったから竜が持つ特殊な能力には目覚めていなかったんだ。コタツは攻撃の無効化だけど、強い竜は成長するとなにかしらの能力が使えるようになるみたい」

「へーそうなんだ」

「きゅー」


 しかしもしかしたらアカネちゃんの言った通り、竜の里はコタツの故郷かもしれない。行ってみなければわからないことだが。


「では行きましょうか」


 千年魔導士について行き、俺たちは竜の里へ向かう。


 歩いているとやがて崖へと辿りつき、その下には見渡す限りの巨大な町が広がっていた。


「町? 人が住んでるの?」

「あれは竜人の町ですね。竜の里はあの先にあります」

「竜人って?」

「人に近い姿をした竜です。竜族の中では弱き竜と呼ばれている者たちですね」

「弱き竜?」

「竜族ってのは力が弱いほど人間に近くなるんだ。逆に強ければ強いほど竜に近くなるんだよ」

「へー」


 竜人は人に近いため、人間とも親交がある。しかし他の竜族は人間を見下しており、あまり親交を持とうとはしない。


「じゃあコタツ君は強い竜なのかな? 思いっきり竜の姿だし」

「きゅー」

「そうかもね」


 魔王だった俺でも強い竜族とは親交がほぼ無かった。

 だからコタツがどれほど強力な竜なのかはよくわからない。


「竜族の長であるデルタデイドならば神龍についてなにか知っているはずです。彼と会うため、まずは竜人の長に会って仲介を頼みましょうか」

「直接行って会えないの?」

「強力な竜にとって人間は虫けらのような存在です。直接、会いに行っても攻撃をされるだけで話など聞いてくれないでしょう」

「そうなんだ」


 竜族との関係は非常に難しい。

 相手が魔王でも通常は人間の言葉など聞こうともしない。デルタデイドが里長になってからは竜族の人間に対する忌避もさらにひどくなったように思う。


「俺がいたころの人間と竜族は停戦状態みたいなものだったけど、今はどうなんだ?」

「魔王様が帰られたのち、何度かは小さな衝突はありましたが、竜族の穏健派であるビグラビグイドという竜とジグドラス将軍が話し合いをして停戦状態に持ち込んだようです。それが今も続いているようですね」

「ああ、ジグドラスか」


 いざ戦いとなれば苛烈に攻める男だが、戦いを避けるのもうまい奴だった。今はどうしているのか……。


「けど停戦状態なだけで仲良しなわけじゃないんでしょ? 人間の頼みなんて聞いてくれるのかな?」

「竜人は竜族の中では見下された存在で、皮肉なことにそのおかげで他の竜族ほど人間に対して敵意はありません。承諾してくれるかはわかりませんが、話は聞いてくれるでしょう」


 ……とは言え、やはり友好的というわけではない。

 仲介をしてくれるかはわからなかった。


 崖下まで転移ゲートで移動し、俺たちは竜人たちの町へと入る。


「わあ……」


 町中を見渡してアカネちゃんが珍しそうに目を輝かせる。


 耳だけ竜の竜人、身体全体が鱗に覆われた竜人などが歩いており、建物もいかにも異世界ファンタジーな感じなので珍しいのだろう。


「ここは変わらないようだな」


 竜人の町は俺が魔王だったときにも存在していた。来たことは無いが、世界吸収が行われても恐らくそれほど大きな変化はしていないように思う。


「な、なんかすごい異世界感あるっ! ここでライブ配信したらバズるかもっ!」

「かもしれないけど、ここで配信は難しいかもね……」


 周囲の竜人たちは奇異な目で俺たちを見ている。現在は停戦状態とはいえ、彼らにとって人間は敵だ。こんなところでライブ配信を始めたらどんなことになるやら……。


「では竜人の長のもとへ行きましょうか」

「ああ。……うん?」


 背後から視線を感じて振り返る。しかし誰もいない。


「どうしたの?」

「いや、誰かに見られてるような気がして」

「コタローが魔王だったの知ってる人がいるんじゃない?」

「そうかな?」


 恐らくそうだろうと思った。


 気にしないことにして先へ進んでいると、


「――貴様っ! 先代魔王だなっ!」

「えっ?」


 大声が俺の耳をつんざく。

 何事かと前を見ると、そこには武器をこちらへ構えた兵士たちが立っていた。


 ――――――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 コタツ君の故郷へやってきましたね。竜人の町ではいきなり危険な空気ですが、はたして神龍を見つけることができるのか……?


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。

 よろしくお願いいたします。


 次回はコタツ君を知る老竜と出会います。

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