第95話 父を見限る

「父さん……」


 俺は雪華を降ろして父と向かい合う。

 父は俺と目を合わせず、雪華を見下ろす。そして、


「がはっ……」


 無表情に雪華の身体を蹴り飛ばした。


「ゆ、雪華っ!」

「勝手に出歩くなと言っておいたはずだ」

「……」


 雪華はなにも答えず、黙って立ち上がる。


「ふん。冬華の知識が役に立つと思って記憶を使ってやったが、こうも好きに動かれるならば失敗だったかもな」

「父さんっ! なんでこんなことをっ!」

「顔を見せるなと言ったはずだ。もう忘れたのか馬鹿めが。お前の顔など見たくもない。とっとと失せろクズめ」

「……っ」

「さあ家へ戻れ雪華。二度と勝手に動くんじゃないぞ」


 父さんは俺に背を向け、屋敷へ戻ろうとする。


「と、父さん……待って。話があるんだ」

「私はお前に話など無い。とっとと消え失せろ負け犬め」

「父さん……」


 俺は意を決し、考えを声にするため口を開く。


「父さんはもしかして……魔粒子が原因で人が異形種になるのを知っているんじゃないか?」

「……」


 俺の言葉に父さんは足を止める。


「だから魔粒子を取り込むスキルサークレットを作った。異形種を雪華に……」

「やめるのじゃっ!」


 そう叫んだ雪華の声に俺の言葉は遮られる。


「……お前が話したのか?」


 冷たい声を吐いて父さんは雪華を睨む。


「……そうじゃ。罰ならばわしが受ける。小太郎は帰してやれ」

「なぜお前が小太郎を庇う?」

「それは……」

「お前の頭に冬華の記憶があるならば、小太郎のことなど気にも留めないはず。冬華は子育てになどなんの興味も示さず、研究に没頭するだけの女だった。産んでから自分の子供と過ごしたことなど無い」

「えっ……?」


 そんなはずはない。


 もしもそうなら、俺の子供のころを語った雪華の言葉に説明がつかない。


「私は冷徹に研究へ没頭する冬華を愛した。研究のためならどんな犠牲もいとわない、邪悪とすら言える研究の鬼であるお前を私は愛して結婚をしたのだ。それなのにお前の頭にある冬華はまるで別人。これはどういうことだ?」

「……」


 雪華は答えない。

 ただ黙って俯いていた。


「私の言葉を無視するかっ! この化け物めがっ!」

「やめろっ!」


 足を振り上げた父の前に俺は光の玉を飛ばす。


「ぐあっ!?」


 雪華を蹴ろうとしていた足は光の玉に救い上げられ、父は背中から地面に倒れた。


「な、なにが……っ?」

「雪華を傷つけるのは許さない」


 俺は雪華の前に立って父を見下ろす。


「貴様……なにをした?」

「そんなことはどうでもいい。父さん。いや、末松上一郎。あんたはスキルサークレットを使って大勢の探索者に魔粒子を取り込ませて異形種にしている。そしてその異形種を雪華に取り込ませて金儲けを企んでいるんだ。あんたがあくどく儲けるのはどうでもいい。けど、この子を巻き込むな。この子を巻き込んで悪事を働くつもりなら、俺はあんたを許さない」

「黙れ役立たずのクズめがっ! そいつは金を産む化け物だっ! スキルサークレットを使って異形種を増やしてそいつに食わせることで、その化け物は莫大な金を産む怪物になるんだっ! 貴様なんぞが私のやることに口を出すなっ!」

「む……」


 周囲からたくさんの気配。

 気が付くと、剣を持った人間たちに俺は囲まれていた。


「知られたからには帰れると思うな。お前も知っているだろう? 末松は家を守るためなら血族でも始末することをな」

「知らないな」

「そうか。やはりお前は出来が悪いな。ふん。それが確信できてよかった。これでお前が死んでも後悔は無い」


 上一郎が俺から離れて下がっていく。


「やれ」


 その声と同時に、剣を持った連中が俺へと迫る。


「小太郎……」

「大丈夫だ」


 俺は前へと進む。


「雪華を巻き込むな。これ以上、あんたの悪行に雪華を付き合わせるようなら、俺は家族でも容赦はしない。あんたの人生を終わらせてやる」

「馬鹿め。終わるのはお前の人生だ。今ここでな」


 剣が一斉に襲いくる。

 そして俺の全身に当たるが……。


「な……にっ?」


 スーツは切れるも、俺の身体を傷つけることはできない。

 俺はそのまま歩き、屋敷の門へと向かう。


「な、なにをしているっ! 早くそいつを殺せっ!」


 上一郎の指示で俺には何度も攻撃が加えられる。

 しかしそれはすべて無駄だった。


「どうなっているんだ……これは」


 震える上一郎の声を背に聞き、そして俺は門の外へ出る。


 きっとあの男は俺の忠告を無視して、雪華を悪事に利用し続けるだろう。ならば俺がこれからすることは決まっていた。


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