第96話 黒仮面の正体
雪華には光の玉をつけておいた。
だからあの子がどこにいるかはすぐにわかる。
「やっぱりか……」
雪華がいるのはダンジョンだ。
俺はダンジョンへと向かい、雪華がいる中層へと向かう。
そして見つけたのは異形種を取り込む雪華。その背後には黒い仮面を被った男が立っていた。
「黒い仮面の男……」
小さな子供を連れた黒い仮面の男が、中層あたりを探索しているらしいと無未ちゃんに聞いたが……。
あれは何者だ?
雪華と一緒にいる男の正体が俺は気になる。
「雪華」
俺はその場へと歩み出て行く。
「お前は……」
先に反応したのは黒い仮面の男だ。
男の発した声に、俺は聞き覚えがあるような気がした。
「ふ、まさかここまで来るとは思わなかったぞ小太郎」
「あんた、もしかして……」
「察しの通りだ」
黒い仮面が外される。
その下から現れたのは、俺の兄である末松忠次の顔であった。
「兄さん……」
「お前のことは親父から聞いている。ずいぶんといろいろ知ってしまったようだな。くくっ……金をもらって姿を消せば、楽に生きていけただろうに馬鹿な奴だ」
「兄さん、雪華は父さんと兄さんがしている悪事に加担したくないんだ。だからもうやめてほしい。こんなことは」
「やめるわけないだろう。お前ももう知っているはずだ。こいつが異形種を取り込めば取り込むほど強くなるということをな。こいつを最強にすればレア素材がいくらでも手に入って大儲けだ。やめるわけはない」
「自分がなにをしているのかわかっているのか? スキルサークレットで魔粒子を身体に吸収した多くの探索者が異形種になっているんだ。こんなとんでもない悪事に雪華を加担させるなんて俺は許さない」
「なにが悪い? 雑魚の探索者なんて遅かれ早かれいずれ死ぬんだ。スキルサークレットで異形種にさせて、有効活用してやったほうが命も無駄にならんだろう」
「やっていることは遠回しな殺人だ。これが悪事でなくてなんだ?」
「会わないあいだにずいぶんと生意気な口を利くようになったな小太郎。俺や親父に怯えて震えているだけだったお前が、立派になったものだ」
そう言って忠次は卑しく笑う。
「その子を悪事に利用するのはやめろ。その子の中には俺たちの母さんが……母さんの記憶がある。やさしかった母さんの……」
「おふくろがやさしかった? はっ、ガキ過ぎたから覚えてないのか? おふくろは俺にもお前にもやさしくなんてなかったよ。ともに過ごしたことなんて一度も無い。唯一あるのは声をかけたら研究の邪魔をするなと殴られた記憶だけだ。お前もおふくろに殴られたろう? 忘れたか?」
「お、俺は……」
そんな記憶は無い。
俺は母さんに叩かれるどころか、厳しく怒られた記憶も無い。ただただやさしかったという記憶しか頭にはなかった。
「それにこいつはおふくろの記憶を持っただけの化け物だ。おふくろじゃない。仮にこいつがおふくろ本人だったとしても、俺は情なんて持たないぜ。俺にとって母親なんて、自分を産んだだけの存在に過ぎないからな」
「……」
兄さんの記憶にある母さんは俺の知っている母さんとは違う。
まるで別人だが、しかし雪華の中にある記憶の母さんは俺の知っている母さんだ。これはどういうことなのか、まったくわからなかった。
「親父にはお前を始末しろって言われたよ。けれど俺は親父ほど末松の血に染まっちゃいない。だから失せることを許してやる。親父には死んだって伝えてやるよ」
「兄さん……」
あんな父親、そして冷たい母親に育てられて兄さんはこうも悪辣な人間になってしまったのかもしれない。そう考えると少し気の毒に思う。
「さあとっとと失せろよ。逃げるのは得意だろう? くくっ」
「逃げる気は無い。俺は雪華を助けに来たんだ」
「そうか。まあいい。だったらこいつがただの化け物だってことを教えてやるよ。雪華、あいつを始末しろ」
「……」
雪華が俺の前へと進み出てくる。
「もういい。やめるんだ雪華。こんなことはしなくていい」
「そう簡単では……」
暗い表情で俯く雪華。
やめられない理由がなにかあるのか?
あるとしたらそれは一体なんだ?
「なあ、雪華。この前、末松家に関わるなって俺に忠告してくれた理由を君はきまぐれって言ってたけど、本当は俺を心配してくれてだったんだろう?」
あのときも雪華は鼻の頭を掴んでいた。
都合良く考え過ぎかもしれないが、雪華の中にいる母さんが息子の身を案じてくれていたのだと俺は思う。
「それは……」
「君は自分をただの生物兵器って言うけど、俺はそう思わない。君の中には……俺の大切な人がいる。単なる記憶だけじゃない。俺の身を案じてくれる人がいる。それは君自身でもあるんだ」
「わ、わしは……」
「だから君がやりたくもないことをしているなら、やめさせてやりたい。君が俺を心配して忠告してくれたように、俺も君を助けたいんだ」
「……」
「なにをしている化け物っ! 早くそいつを始末しろっ!」
忠次が怒声を飛ばす。
しかし雪華は動かない。拳を握りしめて俯いていた。
「……わしにはできん。この男を……小太郎を殺すなんて」
「雪華……」
やはりこの子の中には母さんがいる。
冷徹な研究者なんかじゃない。俺の覚えているやさしい母さんが……。
「ふん。あの女の記憶に母性でもあったか? 生きているあいだは微塵もそんなものを見せなかったくせに記憶には残すとは厄介なことだ。しかし命令に背けばどうなるか……わかっているだろうな?」
と、忠治は懐からスマホを取り出す。
「や、やめろ馬鹿者っ!」
「もう遅い。化け物は化け物らしく、敵を倒すことだけを考えていればいい」
「くっ……逃げろ小太郎っ!」
「に、逃げろって……?」
雪華の首に嵌っている首輪がひかり輝く。
その瞬間、雪華の雰囲気が変わった。
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