第6話 アカネちゃんとダンジョンへ行く

 翌朝、俺は普通に出社する。


 一夜明けて冷静になったのか、安請け合いしちゃったよなとふたたび後悔。


 相手は16歳の女子高生だ。

 向こうから頼んできたとはいえ、33歳の男が他人の女子高生と一緒に何事かをするっていうのはよくないよなぁ。


 やっぱり断るか?


 報酬は惜しいけど、自分に想定以上の力が残っていると気付いた今、アカネからもらえる金にはそれほど魅力を感じない。

 自分だけでダンジョンのもう少し深いところに潜って今より稼ぐことだってできる。会社を辞めてハンターだけで生活して金を貯めていくことだって……。


 いや。


 ハンター業は不安定だ。厚生年金も無い。

 肉体労働だし危険もある。大怪我をして重大な障害を負う可能性だってあるだろう。そうなったら働けない。


 異形種の巨大サソリを倒したからといって、調子に乗って会社を辞めるのは危険だ。リスクがある。


 それに俺はもう33歳だ。身体の衰えだってあるだろう。いつまでも強くは無いのだ。力に驕らず、無難にサラリーマンを続けたほうが良いに決まっている。


 だいいち、命を狙ったり狙われたりの粗暴で脳筋な魔王業が嫌だからこっちへ戻って来たのだ。ハンター専業になれば似たような生活に逆戻りしてしまう。俺は頭を使って生きるインテリな人生を歩みたいんだ。


 目立つのも嫌だ。

 ハンターとしてランクを上げれば嫌でも目立ってしまう。陰キャの俺はできるだけ人前にはでないで、ひっそりと生きていきたいのだ。


 目立たず地味に、サラリーマンをやりながらダンジョンの浅い階層で雑魚な魔物を狩って小銭を稼ぐのが俺には合っている。


 いろいろ考えた結果、やっぱりアカネの頼みは断ろうと思う。

 33歳の俺が16歳の女の子と関わるのは社会的リスクがあるし、VTuber活動とやらを手伝えば目立ってしまう。


 とはいえ、一度は引き受けたのだ。

 あんなにかわいくておっぱいの大きな若い女の子の頼みだし、2、3度くらいは付き合ってやろうと思った。


「うん。決めた。そうしよう」


 自分の机で静かにそう呟き、俺は頷いた。


「先輩?」

「えっ? うわぁ!?」


 呼ばれて横を向くと、そこには大きなおっぱいがあり俺は驚く。


「な、なんですか? 急に大声を出して」

「あ、いや、なんでもない。ごめん」


 去年に入社した後輩の相良早矢菜さがらはやなだ。

 年齢は24歳。デコだしポニーテールの女の子で、かわいくておっぱいが大きい。おっぱいソムリエの俺から見てたぶんGはある。おっぱいを揉んだことのないおっぱいソムリエだが、おっぱいを見る目は確かと自負している。


「そうですか? なんか思いつめたみたいな顔で俯いてたんで、小田原課長にいびられたことでも思い出して落ち込んでいるのかなって思ったんですけど」

「い、いや別にそういうわけじゃ……」

「たまにはガツンと言ってやればいいんですよ。先輩のほうが年上なんですから」

「あんまり大きな声で言わないで。聞かれたら……」

「まだ来てませんよ。重役でもないのに重役出勤で、いっつも遅いじゃないですか。人の遅刻にはねちねちうるさいくせに」

「ま、まあね」


 特に俺はうるさく言われる。

 タイムカードをチェックされて、始業30分前に来てても「1時間前には来いよこの低学歴」と罵られるのだ。


「そういえば社長の娘さんがダンジョン探索のVTuberやってるって知ってます?」

「えっ? いや知らないけど」


 社長と会話することすら無いのに、娘のことなんて知るはずも無い。


「なんか毎日のようにダンジョンへ行ってるんで、社長が心配してるみたいです。昨日もなんか危ない目にあったとかって、秘書課の友達が聞いたって」

「へー」


 年頃の娘がいると大変だな。

 だが悪いけど興味無い。今の俺は自分のことで頭がいっぱいだ。


「課長遅いですねー。どうしたんでしょ? ま、いつものことですけど」

「ああうん」


 そっちはもっと興味無い。

 いっそ来ないほうがいいくらいだ。




 ……




 終業後、アカネと連絡を取ってダンジョンの入り口で合流する。


「来たね」


 昨日と同じくアカネはマスクにサングラス、額にカメラをつけた姿だ。


「まあ……」


 俺は周囲を気にする。

 淫行と思われて通報されないか心配だ。


「なにきょろきょろしてんの?」

「いや別に……」


 幸いなことに今は周囲に誰もいなかった。


「あ、そうだ。はいこれ」

「えっ?」


 アカネから白い仮面を渡されて俺は困惑する。


「なにこれ?」

「顔バレまずいんでしょ? それ被れば顔を隠せるから」

「あ、うん」


 俺は受け取った仮面を被る。

 確かにこれなら顔を隠せて都合が良い。


「昨日の配信さ、すごい評判よかったよ。ほら」

「えっ?」


 差し出されたスマホに映っていたのはVTuberアカツキのチャンネルだ。そのコメント欄にはずらりとコメントが書かれている。


 多くはアカツキの無事を安堵するコメントだが、例のサソリを倒したのは何者かとか、アカツキを助けてくれてありがとうなど、俺への礼とかもある。

 中には皇死ねや皇殺すなど過激なコメントもあり、視聴者の皇に対する怒りも感じられるコメント欄であった。


「みんなコタローのこと気になってるみたい。顔だししたら? 人気者になれるかもよ?」

「い、いや俺は仕事があるから……」

「まーわたしのチャンネルそんなに人気無いし、人気者ったってそうでもないだろうけどさー」

「そ、そう」


 いずれにせよ顔出しする気はないけど。


「えっと、伊馬さん」


 少し気になったことがあるのでアカネへ声をかける。


「アカネ。名前で呼んでいいよ」

「あ、うん。じゃ、じゃあ……アカネ、ちゃん」」


 女の子を名前で呼ぶなんて初めてだ。

 33歳にして初体験……あ、いや、子供のころ隣に住んでた小さい女の子のことは名前で呼んでたような気がする。まああれは子供のころだし、ノーカウントかな。


「この動画欄にあるのがアカツキ、だっけ?」

「うん。かわいいでしょ?」


 VTuberアカツキはアニメ調に描かれた女の子で、確かにかわいい。

 でもおっぱいが大きくないので、俺の好みとは違った。


「かわいいけど……アカネちゃんもかわいいんだし、アカネちゃんが顔出しして配信したほうが人気出たりするんじゃないかなって」


 アカネの素顔を見たときからずっと思っていた。

 おっぱいが大きい若くてかわいい女の子が大好きな俺からすれば、アカネは拝んで崇拝したくなるほどの美人だ。彼女ならば顔出しで動画配信しても人気が出ると思うのだが。


「馬鹿だねコタローは」

「すいません」


 おっぱいの大きい若くてかわいい女の子に馬鹿と言われると興奮する変態ですいません。という意味のすいませんである。これは。


「わたしがかわいいのはわかってるよ。顔出ししたら大人気になっちゃうのもわかってる。だってわたしってちょーかわいいし」

「うん」


 俺は拝みながらアカネの話を聞く。


「けれど視聴者っていうのはミステリアスさに惹かれるの。こんなにかわいい声の女の子はどんな姿をしているんだろう? かわいい系? 美人系? 年齢はいくつなんだろう? ってね。視聴者のみんながいろんなわたしを想像するの。謎っていうのはね、楽しむことに必要な最高のスパイスなんだよ」

「なるほど」


 そういう理由だったんだなと俺は納得した。


「というのは建前で」

「えっ?」

「見てよこの外見。なにか気付くことあるでしょ?」

「うん」


 おっぱいが大きい。


「背が低いの。コタローも気付いてたんだね」

「もちろん」


 すいません。おっぱいばかり見てました。


「やっと140センチってとこ。なのにこんなにおっぱいはでかくって、すごくアンバランスで格好悪いの。それが少しコンプレックスで……」


 強気なアカネが珍しく暗い表情をする。


「視聴者のみんなにそこをいじられたらたぶん結構、傷つくし、だから顔出しはしないでVTuberやってるってのが実際かな」

「そ、そうなんだ」


 おっぱいが大きいのは素晴らしいことだけど、アカネほど背が低いと確かにアンバランスな外見に見えなくもない。


「コタローも変って思うでしょ? わたしの身体」

「いや、俺はアカネちゃんの身体大好きだけど」


 そう口走った自分の頬を叩く。


 完全に変態発言である。


「あ、あの今言ったのはその……」

「ふふ、コタローってやっぱり正直だね」

「は、ははは……」


 どうやら引かれてはいないようだ。


「じゃあそろそろ行く?」

「あ、うん」


 話を終え、俺たちはダンジョンへと入って行った。

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