第28話 スキルを複数持つ寺平の目的(小田原智視点)

 ダンジョンへ来た智は寺平とともに深層へ向かう。


 智は深層に行ったことが無いので、しかたなくリターン板で上層と中層のあいだあたりへ移動してそこから深層へ向かうことになる。

 やがて中層の深いところまで来ると……。


「ひぃっ!」


 ブラックオークの集団が迫り智は悲鳴を上げる。


 ブラックオークはゴールド級でも苦戦する強敵だ。

 シルバー級の智が恐れるのは当然だった。


「雑魚どもが」


 しかし共にいる寺平はまったく恐れていない。

 余裕の表情だ。


「食らえよ豚どもっ! 俺様のスキル『蜘蛛糸地獄』をよっ!」


 ブラックオークの集団へ向けられた寺平の両手指から白い糸が伸びる。


「ぐぎゃあああっ!」


 糸は集団を絡めとり動きを封じる。


「うお……」


 数十はいるブラックオークの集団を一瞬にして拘束してしまった。

 当然、逃れようとブラックオークたちは暴れるも蜘蛛糸が切れる様子は無い。


「無駄だぜ。こいつは相手を拘束するスキルじゃ最強クラスだ。どんなに切れ味の鋭い武器でも切ることなんてできねーよ」

「す、すげえスキルっすね」

「すげえけどな、こいつだけじゃ殺せねえんだ」

「そ、そうっすね」


 確かにこれでは敵を行動不能にするだけで殺傷はできない。


「だから合わせてこれを使う」


 ブラックオークを捕えている蜘蛛糸を寺平が掴む。

 すると糸が紫色へ変色していき……。


「ぎゃ……があああ……あああ」


 糸に絡めとられたブラックオークたちの身体が溶けていく。

 やがて跡形も無く消えてしまった。


「スキル『毒手』だ。通常はこの手で直接に触れた奴を毒殺するものだが、スキル『蜘蛛糸地獄』と合わせれば糸に毒を流して毒殺できるのさ」

「せ、先輩、スキル2つ持ちっすかっ! マジすげーっすっ!」

「がははっ! プラチナ級ともなればスキル複数持ちなんて当然よ」


 上機嫌な様子で寺平は答える。


「でもこれだと素材は穫れないっすね」


 魔物は跡形もなく消えてしまった。

 これでは素材が穫れないので本末転倒だ。


「そうだな。だから素材を獲るならこれを使う」


 一匹だけ蜘蛛糸には捕らわれておらず、逃げ出そうと背を見せるブラックオークへ寺平が指を差す。


「『真空刃』だ」


 寺平がそう言った瞬間、そのブラックオークが八つ裂きとなる。


「な……っ」


 なにが起こった?


 智にはなにも見えなかった。


「これが3つ目のスキル『真空刃』だ」

「す、すげえ……」


 マジで強い。これがプラチナ級か。

 この先輩に頼んであの仮面野郎を倒してもらったほうが早いんじゃないか?


 しかしそうなると報酬を払わなければならないだろう。

 ここまで来たのだから、まずは素材を集めてみるか。素材集めがふるわなければ、寺平に頼むことも考えようと思った。


「さあどんどん行くぞ。こんな雑魚ばかりの階層じゃたいした素材は手に入んねーからな」

「あ、は、はいっすっ!」


 慌ててブラックオークの素材を回収して智は寺平へついて行く。


 深層はまだだろうか?

 ボスを倒してもらって下へ降りると、


「うわっ!?」


 水の感触に驚いて声を上げる。

 下の階層では腰ほどまで水が溜まっており、智は動揺した。


「この階層は水が溜まってるんだ。だから亀とかワニみたいな魔物が出るんだよ」

「そ、そうなんすか」


 こんな階層もあるとは。


 歩き難いが、進むしかなかった。


「ここは中層と深層のあいだだ。ここを抜ければ深層に入るぞ」

「は、はいっす」


 それからしばらく進んだとき、智は身体が妙なことに気付く。


 ひどく具合が悪い。

 だというのに、湧き上がるような力を肉体に感じる。


「な……なんだ……?」


 そして同時に強烈な殺意が湧く。

 誰かを殺したくてたまらない。


 殺す殺す……殺す!。


 殺意が智の精神を犯していった。


「おい小田原」


 そのとき、前を歩く寺平が足を止めた。


「て、てらだい……らさん?」

「お前は俺のスキルを3つだと思っただろうが、実はもうひとつあるんだ」


 智のほうへ振り向く寺平。

 その姿に智は驚愕する。


「う……あっ!?」


 ヒルのような生き物が寺平の全身を這い回っていた。


「『寄生隊』こいつを体内に宿した奴は戦闘能力が何倍も向上する。その代わり、人間を殺したくてたまらなくなるのさ」

「き、寄生隊……」

「ここの水中にはこいつがたくさんいる。この階層に入った奴は痛みも無く体内へ侵入したこいつに寄生されて無差別殺人鬼へと変わるのさ。ここまで言えばわかるよな? 自分がこいつに寄生されているってことをよ。安心しな。完全に寄生されれば具合の悪さは消えるぜ。残るのは向上した戦闘能力と殺意だけさ」

「ど……どう……して?」


 朦朧とする意識で智は寺平へ問う。


「どうしてって? 理由は単純さ。深層へ行きたがる雑魚を消すためだ」

「それは……?」

「お前みたいによ、弱いカスが上級クラスのハンターと深層へ行って高価な素材を獲って強いスキル付きの武具やアクセサリーを手に入れる奴がいる。手に入れたスキルによってはあっという間にプラチナ級に至る奴もいるんだ。それって気に入らねぇよな? 昨日まで雑魚だった奴が今日には俺よりも強くなってるかもしれねぇなんて許せねぇよ。だからそんな奴らはそうなる前に潰してやるのさ」

「潰すって……?」

「察しが悪いな。深層のリターン板に触れなければ深層経験者を雇っても入り口からリターン板を使って一瞬で深層へ行くなんてことはできない。深層へ行くには雑魚を連れてこの中層と深層のあいだを必ず通る必要がある。そうしたらどうなると思う?」

「ここを通った連中は殺し合いを始める……っすか?」

「そろそろ具合が落ち着いたようだな。その通りだ。上級クラスとともにここへ来た雑魚は殺されて、その上級クラスは殺人鬼となって上層中層で雑魚を殺し続ける。もちろん殺意は俺以外に向けられる。それは自分自身でわかるだろう?」


 言う通り、人への殺意はあっても寺平を殺したいとは思わなかった。

 むしろ彼を王とし、従いたいとすら考えていた。


「そしてこのスキルの真骨頂は、寄生された奴らが俺の従者になることだ。いや、従者というより奴隷だ。俺の言うことをなんでも聞くようになる。死ねと言えば迷うことなく死ぬ」

「えっ……?」

「怖がるなよ。昔のよしみで殺しはしねぇよ」


 それを聞いてとりあえずは安堵するも、安心できるような状況じゃない。


「お前も俺の奴隷だ。殺意に任せて雑魚どもを殺し回れ。こいつに寄生されたことで今のお前はスキル無しでも中層くらいはひとりで突破できる力にはなってるぜ。それとこれも貸してやる」


 指輪を投げられてそれを受け取る。


「『真空刃』を出せるスキルがついた指輪だ。貸してやるよ」

「い、いいんすか? こんなすげえの借りても?」

「2つあるからな。構わねえよ。それでガンガン雑魚を殺して来い。お前みたいな雑魚ハンターでも、寄生隊で強化した力とそれがあればだいぶ殺せるだろう」

「中層をひとりで突破できる力とこのスキル……これがあれば」


 以前とはくらべものにならない強い力を身体に感じる。

 この力と『真空刃』のスキルがあればあの仮面野郎を……。


「さあ行け。雑魚どもを殺せっ! 狩れっ! 今は雑魚でもいずれは俺よりも強くなる可能性がある奴なんて不愉快だっ! ひとり残らず殺し尽くせっ!」

「は、はい」


 寺平の言葉に応じて智は歩いて来た道を戻る。

 上の階層へ行って弱い探索者を狩るために。そしていずれダンジョンへ訪れることがあるだろう仮面の男を狩るために……。

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