第29話 小太郎への想い(鹿田無未視点)

 小太郎と別れて家へ帰って来た無未は、脱衣場でドレスを脱いで浴室へと入る。

 熱めのシャワーを浴びながら、無未は小太郎のことを考えていた。


 17年ぶりに会った小太郎は子供のころと変わっていない。

 あのころと同じく、やさし気で朗らかな人だった。


「小太郎おにいちゃん……」


 小さいころに遊んでくれたおにいちゃん。なにか困っていたら助けてくれて、兄弟のいない無未は彼を兄というよりも、やさしい王子様のように思っていた。


 だから行方不明になったときはひどく悲しんだ。

 そして絶対に小太郎を見つけると決めた。


 きっと小太郎はダンジョンで行方不明になったのだ。

 根拠は無い。けれどそんな気がした。


 小太郎はいつも自分を助けてくれた。

 今度は自分が助けるんだ。そんな思いであった。


 ダンジョンを深く探索するには強さが必要だ。

 小学生だった無未は死んだ祖父の家で見つけたレア装備を持ち出してダンジョン探索者となり、日々を魔物退治に費やした。


 才能があったのだろう。きっと運もあった。

 無未は中学生でプラチナ級まで至り、20歳にはブラック級へとなっていた。


 とても楽しかった。

 強くなっていくことが楽しく、無未はダンジョンに入り浸った。

 当初の目的は……すでに忘れていたと思う。

 それほどに無未はダンジョンで魔物を倒すことに楽しみを感じていたのだ。


 けれどなにか満たされない。

 強い魔物に出会うと無未は高揚した。しかし倒してしまうとひどくがっかりしたような、不満を感じていた。

 だからさらに強い魔物を求め、深く深く深層へとダンジョンを進んで強い魔物を倒してきたが、それでも無未が満足することはない。

 満足を得るため、ますますダンジョンで魔物を倒すことに夢中となったのだ。


 小太郎のことなど、忘れてしまうほどに……。


「……だからきっと泣けなかったんだ」


 仮面の人が小太郎だとわかったとき、涙が出ると思った。

 しかし涙は出ない。嬉しいという気持ちはあっても、なぜか嬉し涙はでなかった。


 そのとき気付いた。

 小太郎を探していたのは過去の自分で、今の自分ではないことに。


「けど、しょうがないよね……」


 17年も経っているのだ。

 小太郎おにいちゃんを見つけるんだと純粋な気持ちで決意したあのころとは違う。大人になったのだ。


 小太郎はすでに過去の人。

 ただの懐かしい知人に過ぎないのだ。


 隣に住んでいたやさしいおにいちゃんを慕う幼い鹿田無未はもういない。今の自分はブラック級11位漆黒の女王ディアー・ナーシングだ。


「……冷たいな」


 こんな風に考える自分をひどく冷たく思う。

 しかしこれが大人になるということだろう。しかたのないことだ。……けど、


「なんでだろう……? すごく悲しい」


 頭では自分の冷たいこの気持ちに納得している。

 なのに心には悲しみがあって……それが不思議でならなかった。


「わたし……もしかしてまだ小太郎おにいちゃんのこと……」


 子供のころには淡い恋心を抱いていた。

 彼を王子様のように思って、いつかは結婚したいと考えていたことを覚えている。


 心のどこかにその淡い恋心が残っていて、小太郎に対して冷たく思う感情を否定しているのではないかと思った。


「だめ……もうあのころとは違うんだから」


 17年も会っていなかったのだ。今さらこんな気持ちがあっても意味は無い。こんな気持ちはとっとと捨てなければ。


 もう小太郎には会わないほうがいい。


 そう考えた無未はシャワーを浴び終えると、脱衣場に置いてあるスマホを手にして小太郎の連絡先を消去する。

 そうした自分に心が悲しみ、小太郎に再会したときのことが名残惜しむかのようにぼんやりと頭に浮かんできた。


「なんだろう? あのときのわたし、なにか変だった……」


 小太郎と再会したときの自分には違和感があった。それが非常に気持ち悪くてどこかすごく悲しく、無未の気持ちをどんよりと落ち込ませた。

 

 ……翌日、無未のもとへ国家ハンターから連絡が入る。


 なんでも、ダンジョン内でハンターがハンターを襲って殺す事件が多発しているとのことで、その解決に協力してほしいとのこと。


 なぜこのような事件が多発しているのかは原因不明。

 つまり原因を突き止めて解決してほしいということだろう。


 国家ハンターの協力要請など無視しても生活はできる。

 そもそも、ブラック級ハンターの無未からすれば国家ハンターから支払われる協力の謝礼金などはした金だ。普段に着ているドレスのクリーニング代ほどにしかならない。

 それでも無未が国家ハンターの要請に応じるのは、やはり誰かが困っているならば放ってはおけないからだ。


「こういうとこ、もしかしたら小太郎おにいちゃんに影響されたのかな?」


 別に小太郎は誰でも助ける正義の味方だったのではない。

 ただ、いつも助けられていた無未は彼みたいに誰かを助けて感謝される、そんなやさしい王子様のようになりたいと憧れていた。


「まあ王子様じゃなくて女王様になってるけど」


 日本にいる他のブラック級やプラチナ級がほとんど国家ハンターには協力しないというのもある。謝礼金が少ないのでしかたのないことだが。


「そういえば小太郎おにいちゃんは何級なんだろう?」


 異形種を一撃で倒したのだ。

 低くてもゴールド級の上位ではと思う。


「……考えてもしかたないか」


 もう会わないと決めたのだ。

 考える必要のないことを頭から消し去り、無未は漆黒の女王ディアー・ナーシングの黒ドレスを纏って出掛けた。

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