第253話 グラディエの作戦(大陸魔王ナルマストス視点)

 ……幼女を愛でる教本部近くにあるホテルにひとりの女が滞在していた。


「さて、うまくいくのかね」


 女はそう呟きつつ、酒を呷る。


 金髪にサングラス。黒皮のスーツを纏った女。

 名はナルマストス。大陸魔王のひとりだ。


 メディアによればナルマストスは自身の居城にいるとのこと。

 しかしそちらにいるのは影武者だ。本物は例の宗教本部近くで待機をしていた。


「ちっ、グラディエの奴、あたしにこんなことさせやがって」


 グラディエの考えた作戦はこうだ。


 まず潜入者を使い、信徒たちを安心させるために信仰対象の女は本部で動画配信をするよう進言させる。そして居城のほうへ前魔王が現れたら、自分とロゼッタ、魔王軍の兵で施設本部を襲撃してその女を始末するというものだ。


 その進言は受け入れられたという報告がすでに潜入者からあり、あの男と魔王の力を集めることのできる女を引き離す作戦は成功している。あとはあの男が策に嵌ってひとりで出掛けるのを待つだけだ。


「世界中の魔法使いが畏怖する大陸魔王様がこんなせこい戦い方をしなきゃならねーなんて情けねー話だぜ。ったく」


 とは言え相手はあの男だ。正面から戦って勝てる相手ではない。しかしグラディエの作戦がうまくいけば……。


「あの男を殺せる」


 あの男が魔王だったころはひどく冷遇をされた。

 ナルマストスはそれを恨んでおり、いつか殺してやろうとずっと思ってきた。


「気に入らない村をひとつ滅ぼしただけで、あたしを扱き下ろしやがって……っ」


 他にも反逆者らへの虐殺行為をすれば厳しく罰せられ、部下やその家族を勝手に処刑しても罰せられたりひどい扱いを受けた。


「イレイアもムカつくが、あいつよりはマシだな」


 昔はあの男に賛同して虐殺や処刑を非難してきた。しかし今は同じくあの男を恨み、あの男が禁止していた行為も容認されている。


 以前よりずっとやりやすい。万一にもあの男が魔王の座に返り咲くなんてことがあってはならない。そのためにも、この作戦は成功させる必要があった。


「ナルマストス様」


 グラディエが部屋へと入って来る。ロゼッタとかいう陰気な女も一緒だ。


「潜入させている者からの報告では、仮面の男……先代魔王は間も無くナルマストス様の居城へ向かうそうです。戦いのご準備を……」

「戦い? はっ、あの男がいねーんだ。だったら戦いにもならねーよ。お前とそこの陰気な女だけで充分なんじゃねーのか?」

「例の女は魔王眷属の力を持っているとのことです。他にも魔王眷属を使う者らもいるらしく、先代魔王がいないとは言え油断はできませんよ」

「ふん」


 魔王眷属。その力は自分に無い。イレイアなどと信頼関係は築けないからだ。しかしその代わりにこのグラディエから特殊な力をもらった。魔王の力を持っているわけでもないこいつになんでそんなことができるのかは知らないが、敵を圧倒できる強力な力が手に入るならなんでもよかった。


「それで、そっちの陰気な女は役に立つんだろうな?」


 グラディエがどこからか連れて来た不気味な女だ。

 前回の世界吸収でこの世界に現れた女らしいが、実力のほうは知らない。


「問題ありません。ナルマストス様と同じく、彼女にも私のが力を授けておりますので」

「そうか。まあ足を引っ張らなければいいけどよ」


 施設を襲撃して力の集合装置を逆流させるのはまだ前哨戦だ。本番はその後にあの男を殺すことにある。前哨戦でつまずいてなどいられない。


「グラディエ様、奴が転移ゲートを使って施設を出たとの連絡がありました」


 と、そこへグラディエの配下が報告へやって来る。


「わかりました。ナルマストス様、ご準備はよろしいですか?」

「当然だ」

「まずは待機させているナルマストス様の兵で襲撃させます。その混乱に乗じて、我々が施設へ乗り込みます。よろしいですか?」

「ああ」

「それでは作戦を開始します」


 グラディエの言葉を聞いてナルマストスらは部屋を出た。



 ……



「これはどうなっているんだ?」


 兵が襲撃するも、施設内には誰もいないとの報告を受けたナルマストスはグラディエとロゼッタを連れて自分たちも施設内へ入る。


 報告された通り誰もいない。巨大な施設はもぬけの殻だった。


「おいてめえっ!」

「ひいっ!」


 胸ぐらを掴むと、部下が短く悲鳴を上げる。


「本当に誰もいなかったのかっ!」

「は、はい。ひとっこひとり……」

「ちっ」


 どういうことだ? 奴らはいったいどこに……?


「……やっぱり罠だったか」

「な、なにっ?」


 背後からの声に振り返ると、そこには転移ゲートから出てくるあの男の姿があった。


 ――――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 ナルマストスはかなり下衆な女のようですね。

 さて、グラディエの策略はどうやら失敗をしたようですが……。


 たくさんの☆、フォロー、応援、感想をありがとうございます。引き続き☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。


 次回、時間は少し戻って戸塚が潜入者をあぶり出す……。

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