第268話 無未ちゃんの危険な決意

「あ、でも……」


 アカネちゃんの魔王眷属はここにいる誰よりも強力だ。心配だが、他のみんなのことを考えると残ってもらったほうが……。


「その女性も連れて行ってあげてください」


 ジグドラスはそう言う。


「イレイアとの戦いにはその女性……魔王様の大切な方を連れて行ったほうがよろしいかもしれません」

「どうしてだ?」

「はっきりとは理由を言えません。しかしそうしたほうがよいと思うのです」


 なぜジグドラスがこんなことを言うのかわからない。しかしなにか思うところがあるのだろう。


 そう考えた俺はアカネちゃんの手を握り返す。


「わかった。ここは頼んだぞ」

「はい。力の持ち主が変わって城の構造には多少の変化はありますが、中にある階段をまっすぐ上っていただければイレイアのもとへ到達できます」


 それを聞いて俺は頷き、皆の無事を祈りつつ、俺はアカネちゃんと手を繋いで先へと進む。

 やがて回廊を抜け、大広間へと出る。

 その中心には先の見えない長い階段が上へと続いていた。


「ここを上ればイレイアのいる場所へ行けるの?」

「ジグドラスの言う通りならね」

「けどコタローはここに住んでたからわかるでしょ?」

「ジグドラスも言っていたけど、力の持ち主が変わって城の形も変わったんだ」


 魔王城は力の持ち主によって形を変える。

 しかしその変化はそれほど大きくはない。


「行こう。この先にイレイアがいるはずだ」

「うん」


 俺はアカネちゃんとともに階段を上っていく。


 城を守る兵士の姿などはない。

 恐らく、戦わせても無駄とわかっているので退かせたのだろう。これがイレイアの判断だとすれば、無駄な死者は出したくないという彼女のやさしさが残っている証拠かもしれなかった。


 しばらく上っていると、途中で踊り場のような平面の場所に出る。


「はっ!?」


 そこには誰か立っていた。


 黒い仮面の女。無未ちゃんであった。


「無未ちゃんっ!」

「……」


 俺の呼びかけに無未ちゃんは答えない。

 無言で黒い剣を右手に現した。


「君が天使に操られているわけじゃないのは知っている。俺の声は届いているはずだ。だから教えてほしい。どうして俺と戦うんだ? 天使になにを言われてこんなことをしている? なにか弱味を握られているなら、俺が君を助けてあげるから」


 無未ちゃんが天使になにを言われたのかは見当もつかない。

 しかしなにを言われていようと、俺は無未ちゃんの助けになろうと思った。


「……弱味」


 今までしゃべることのなかった無未ちゃんがようやく言葉を話してくれる。


「ああ。なにか弱味を握られて従っているんだろう? 俺にできることなら言ってほしい。それで君が天使から解放されるなら、俺は全力で力になるから」

「……」


 無未ちゃんはふたたび黙り、そしてため息を吐く。


「弱みなんて握られてない」

「えっ?」


 じゃあどうして天使に従って俺を攻撃してくるのか?


 理由がますますわからなくなる。


「小太郎おにいちゃん、わたしのために全力で力になってくれるの? わたしを助けるためだったらなんでもしてくれる?」

「ああ。それが無未ちゃんの助けになるならなんでも……」

「じゃあアカネちゃんを殺してくれる?」

「え……」


 無未ちゃんの口から放たれた言葉。

 それを聞いて俺は固まってしまう。


「できないよね? だからもうわたしは小太郎おにいちゃんを殺すしかないの」

「ちょ、ちょっと待ってくれっ! なんでそうなるのっ!?」


 無未ちゃんがアカネちゃんに対してこのような危険な感情を抱く理由がわからないほど、俺も鈍感ではない。ここまで彼女を追いつめてしまった原因は俺にあると理解している。

 しかしどうしたらいいのか? 俺には無未ちゃんの心を救う方法が思いつかない。


「小太郎おにいちゃんを殺してわたしも死ねば、魂を2人だけの世界へ送って転生させてくれるって天使は言ってたの」

「天使がそんなことを……」


 確かに天使ならそれは可能かもしれないが……。


「けどそれが本当かはわからないだろう? 君を騙しているのかもしれない」

「それでもいい」

「えっ?」

「小太郎おにいちゃんがわたしのものにならないなら一緒に死ぬ。小太郎おにいちゃんに愛されないんじゃ、生きている意味なんてないもの」

「無未ちゃん……」


 そこまで俺のことを……。

 それほど強く想ってくれるのは嬉しい。けど俺にはアカネちゃんがいる。想いに答えることはできないし、一緒に死んであげるわけにもいかなかった。


「だからお願い。わたしと一緒に死んで」

「そ、そんなこと……」


 できない。しかし俺には無未ちゃんの考えを変える言葉が思いつけない。


 こうなったらとりあえず気を失わせるか?

 しかしそれでは根本的な解決にならないし、一体どうしたら……。


「あーもうじゃあわかったっ!」

「えっ?」


 今まで口を閉じていたアカネちゃんが不意に大声を上げて俺は驚いた。


 ――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 天使の言うことが本当ならば、無未ちゃんは魔王様を殺してしあわせになれるかも……? しかしそうしてあげるわけにはいかず、だからと言って無未ちゃんを殺すわけにもいかない。魔王様は難しい判断を迫られますね。


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。


 次回はアカネちゃんの決意に魔王様は困惑……。

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