第68話 地獄竜ゼルアブド
大量の異形種が四方八方と迫る。
もはや無未ちゃんにだけ任せていられる状況じゃない。
「今の俺にやれるか……?」
今までも異形種は何度か倒した。
しかし周囲に迫る奴らは所謂、強い部類の異形種だ。俺が倒したことのある異形種とは強さの格が違う。
今の俺では勝てないかもしれない。けど、
「いや、やるんだっ!」
右手に魔力を溜め、目の前から迫る奴に炎を放つ。
「グギャアアアアアっ!!!」
炎に焼かれた異形種は一瞬で消し炭となる。
「や、やれたっ!」
「さすがは白面の君だ。我もやるぞっ!」
黒い手が次々に異形種を飲み込んでいく。
俺も魔法を使って異形種を倒していった。
……戦いが始まってどれほどの時間が経ったか?
やがて最後の1匹を俺は倒し、場に静寂が訪れた。
「やあ、さすがだねぇ」
その静寂を崩す拍手がパチパチと鳴る。
「期待通りだ。素晴らしい」
「はあ……はあ……」
戦いで疲れた俺の目に楽しそうな戸塚の顔が見えた。
「ふむ……けれどまだ地獄竜ゼルアブドは来ないね。もうすぐだからもう少し待っていてくれるかな」
「……」
……今の俺が持つ力は俺が想定するよりだいぶ強い。
これなら……もしかしたら。
「ああ、だいぶ疲れたようだね。安心してよ。ちゃんと休ませてあげるから。疲れ切った君たちを殺しても地獄竜ゼルアブドの脅威は伝わらないだろうからね」
「それはどうも。……はあ」
しかしおとなしく待っているつもりは無い。
あれをやる。成功すればアカツキちゃんを助けて戸塚も始末できるはず。いや、必ず成功させる。
俺は目を見開き、戸塚とその周囲にいる魅了されているエレメンタルナイツの全員を凝視した。
「ん? なんだなにを……なっ!?」
地面に転がった戸塚の目が驚愕に剥く。
俺はアカネちゃんの肩を抱き、目の前では首の無い戸塚の身体が燃え盛り仰向けへと倒れていた。
「な、なにをしたっ!?」
転がっている首が俺を見上げて喚く。
「はあ……う、ぐうう……」
魔眼。
それを使えば俺は目に映るすべての時間を固定できる。しかし、
「が……はっ」
「は、白面さんっ?」
俺の身体は恐ろしく消耗していた。立っているのもやっとだ。それに魔眼を使った影響か目がほとんど見えなくなっていた。
魔王だった頃はもちろん魔眼の使用でこうなることはなかった。
本来の力を失っている身体で使用するにはやはり負担が大きいものだったのだ。
「なにをしたのかは知らないが……もう遅い」
「な……に?」
なにか大きなものの気配。それを感じた。
「グギャオオオオオオオっ!!!」
ものすごい咆哮とともになにかが現れる。
「ふははっ! あれが地獄竜ゼルアブドだっ! ここまで来てしまえばもう僕が操る必要も無いっ! 君らはあれと……」
言葉は途中で遮られ、地面に転がる頭は黒い手に飲み込まれた。
「黙れ下郎めが」
苛立たしそうに言った無未ちゃんがこちらへ駆け寄る。
「あ……があ……」
とうとう立っていられなくなった俺は前のめりに倒れ、
「は、白面さんっ!」
「白面の君っ!」
しかし2人に支えられ、俺はなんとか倒れずに済んだ。
「ど、どうしたんだ一体……い、いや今はそれよりも」
無未ちゃんが地獄竜ゼルアブドへと向く。
「くっ……特定異形種がどれほどのものかっ!」
近付いて来る地獄竜ゼルアブドの身体を無数の黒い手が覆う。しかし、
「な、なにっ!?」
地獄竜ゼルアブドの身体が光り輝く。
それと同時に黒い手は消滅していた。
「そ、そんな馬鹿なこと……」
「に、逃げるんだ……」
か細く俺はそう言う。
「わかった。しかし逃げきれるかどうか……」
ブラック級である無未ちゃんの攻撃を防ぐほどの奴だ。
そう簡単に逃がしてはくれないだろう。
「我々が時間を稼ぐ。そのあいだに逃げてくれ」
その声はエレメンタルナイツ日生流星のものだった。
よくは見えないが、彼らは俺たちを守るように地獄竜ゼルアブドへ立ちはだかる。
「そ、そういうわけには……」
「迷惑をかけてしまった贖罪、それと仇を討ってくれた礼だ。気にしなくていい」
「ひ、日生さん……」
「さあ早く逃げてくれ」
エレメンタルナイツの攻撃が始まる。
……しかしまったく効果は無いようで、地獄竜ゼルアブドの進行は止まらない。
「に、逃げなければっ」
黒い手へ俺とアカネちゃんを乗せてこの場を離れる無未ちゃん。
「グギャオオオオオオオオっ!!!」
「えっ?」
突如としてものすごい速さで地獄竜ゼルアブドがこちらへ迫る。
そして逃げ去る俺たちの進行方向へと立ちはだかった。
「う、うう……」
もうダメか。
けれどなんとかアカネちゃんと無未ちゃんだけでも。
最後の気力を振り絞って俺は立ち上がる。
地獄竜ゼルアブドを見上げるが、やはりほとんど見えない。
ただ黒い姿というのだけはわかった。
「お、俺が食い止めるから2人は逃げて……」
「ダ、ダメっ! そんなのダメっ!」
「白面の君を置いてなど行けるものかっ!」
「ア、アカネちゃん、無未ちゃん……」
2人がこれほどに俺を思ってくれるのは嬉しい。
なんとか2人を守らなければ。
俺は右手を前に出して魔力を集中する。
「……」
地獄竜ゼルアブドは動かない。
ただなにもせずそこに立っているだけだ。
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