第111話 魔人教団デュカスの教祖(小田原智視点)

 ……ダンジョンを出て、車に乗せられる。

 隣で運転をする夢音に、智は奇異な視線を向けていた。


「なんだいジロジロ見て? あたしに惚れたか?」

「ちげーよ。……お前、やっぱり人間なのか?」


 ダンジョンを出る寸前で夢音の見た目は人間の姿に変わった。

 今はもう普通の女と同じだ。


「元人間って言ったろ。けれど人間にも戻れる。まあ、この姿だと魔人の力は使えないんだけどさ」

「はーん」


 どういう身体してんだこいつ? 気持ちの悪い女だ。


 しかし人間状態の外見はまあまあ美人で悪く無い。

 こいつに魔人の力とやらが無ければ強引に抱いてやってもよかったなと笑みを浮かべながら、智は目的地に到着するのを待った。

 

 ……やがて連れて来られたのは山奥にある廃寺だ。

 人の気配などまったく無い。妖怪の類でも住みついているんじゃないかと思えるほどに、薄気味悪い廃寺だった。


「ここなのか?」

「そうだよ。ビビったかい?」

「ビ、ビビッてなんか……」


 さっきのこいつみたいな紫色の肌をした変な奴らが大量に出てきて食われちまうんじゃないか? そんなことを少し考えて冷や汗を垂らしていた。


「ふっ、あんたはこれから最凶最悪の魔人になるんだ。ビビるなんて感情を味わうのはこれが最後だからね。ようく味わっときなよ」

「ビビッてなんかいねーって。そんなことより、俺を強くできる野郎が本当にこんなところにいるんだろうな?」

「だから連れて来たんだよ」


 そう言って夢音は廃寺へと入って行く。

 智も続いて中へ入るが、しかし誰の姿も見えない。外観と同じく荒れて朽ち果てた廃寺の内装があるだけであった。


「誰もいないぞ」

「あんた早漏か?」

「ああ?」

「焦るなよ」


 と、夢音は廃寺の奥にある仏像の首を捻る。すると、


「な……っ?」


 ボロボロの床が開き、下へ降りる階段が現れた。


「この下だよ。ついておいで」

「あ、ああ」


 階段を降りて行く夢音に、智は恐る恐るついて歩く。


「な、なんだここは?」


 下へ降りるとそこには草原があった。空には太陽があり、青い空もある。


 どういうことだこれは?


 ボロい廃寺の床に現れた階段を降ればそこには外の景色。


 薄暗い洞窟でも歩かされると思っていた智は、わけがわからず困惑した。


「おいどこだよここ? なんで地下へ降りて外へ出るんだよ? どうなってんだ?」

「あたしも詳しくは知らないよ。なんか魔法で空とか太陽を作ったとか言ってたような気がするけど」

「魔法だ?」


 なにが魔法だ。ふざけやがって。


「今から会いに行くお前らの親って奴が作ったのか? その魔法で?」

「そう。魔法が使えるんだってさ」

「そうかよ」


 どうやらこれから会う野郎はかなり頭へきてるらしい。そんな奴と会って、本当に強くなれるのか?


 夢音の言う親という奴に対して、智はだいぶ懐疑的になっていた。


 階段を降りて草原を歩くこと10分ほど。やがて遠くに建物が見えてくる。


「あれは……」


 教会か?

 そう見えるも、禍々しい雰囲気のある建物であった。


「目的地はあそこか?」

「ああ。あそこにあたしらの親がいる。あんたにとっても親になる人がね」

「そうなるかどうかはまだわからねーよ。俺はまだ、その親って奴を信用していないからな」

「あたしも初めて会ったときは、あんたみたいに疑ってたよ。けどこうして力をもらえたんだ。あんたも会えばあの人を信用して、親だと思えるようになるさ」

「ふん。それは楽しみだな」


 皮肉を込めて智は言う。


 夢音が建物の扉を開いて中へと入る。そのまま中を進み、奥に見えた両開きの巨大な扉を夢音が開く。

 ……そして見えたのは、大きな円形になっている石造りの卓を前にして座る13人の者たちだった。


 円卓を囲んでいるのは紫色の肌に角を生やした連中ばかりだ。こいつらも夢音と同じ魔人というやつなのだと智は思う。

 12人は魔人だ。しかしひとりだけ、魔人では無い男が奥に座っていた。


「連れて来たよパパ」


 夢音がパパと呼んだ男。

 視線の先を追うと、卓の一番奥に座っている男がニコリと笑う。


 年齢は60歳くらいか。

 メガネをかけた柔和で善人そうな男だ。その両隣には10代くらいの少年が2人立っており、どちらも張り付けたような笑顔でそこにいるが不気味だった。


「やあ夢音、ご苦労様」


 男は夢音に労いの言葉をかけ、そして智へ視線を移す。


「君が小田原智君だね?」

「ああ。てめえが……こいつらの親か?」

「そうだ。自己紹介が遅れたね。私の名前はメルモダーガ。魔人教団デュカスの教祖をしている者だよ」

「教団? 俺は神様になんて興味ねーよ」

「私も神様には興味無いよ。魔人教団デュカスが信仰しているのは神じゃない。魔人の親たる私さ。ここにいる皆は私の信者であり、かわいい子供たちさ」

「ふはっ! てめえみたいなジジイを信仰してるだって? てめえを信仰したらどうなるんだよ? 飴玉でもくれんのか? へっへっへ」

「貴様っ!」


 メルモダーガの隣に座っていた男が表情を怒らせて立ち上がる。


 背の高い男だ。

 身体が大きいせいか威圧感が凄まじく、ビビッてしまった智は軽口を叩いてしまったことを後悔した。


「父上への侮辱は許さんっ! この場で始末して……」


 と、メルモダーガが手で制して言葉を切らせる。


「まあ落ち着きなさいドルアン」

「しかし……」

「私が落ち着けと言っているんだ。その通りにしなさい」

「……失礼いたしました」


 ドルアンと呼ばれた男はメルモダーガに一礼してイスへ腰を下ろす。


 あれほど強そうな男がこんなしけたジジイに従っている。

 こいつらはみんな、このメルモダーガとかいうジジイを信仰しているのか? だとしたら想像以上にヤバい連中なのかもしれない。


「は、はは……」


 ここへ来たことを凄まじく後悔する。


 これは頭のおかしい宗教だ。

 このイカレ具合からして、まともな状態で帰れる気がしなかった。


「ふふ、智君、君は実に良い顔をしている。もっと早くに会いたかったよ」


 卑しいような笑顔を向けられた智は、ドルアンから与えられた恐怖とは別の意味でゾッとする。


 気味の悪いじじいだ。


 寒気を感じつつも、しかし背を向けて帰れるような雰囲気でもなく、しかたなく智はメルモダーガに見られ続けていた。


「さて智君、君はどうしたいんだ?」

「どうしたいって……」

「君が今したいことだよ。人生の目的だ。金が欲しい、権力が欲しい、良い女を抱きたい。いろいろあるだろう?」

「俺の目的……。したいこと……」


 そんなのは決まっていた。


「あの仮面野郎……白面をぶっ殺すことだ」


 そうはっきり言ってやると、メルモダーガは人の好さそうな顔で微笑んだ。

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