第112話 邪悪の才能(小田原智視点)

「くっくっく……」


 円卓に座っている男のひとりが含むように笑う。


「なんだてめえ? なにがおかしい?」


 ビビッていたことも忘れ、智は軽薄そうなその男を睨む。


 馬鹿にしたような笑い。

 それが智の癇に障った。


「くくっ……ああ、悪い悪い。あんな程度の奴にぼこられて怒り狂ってるてめえがおかしくてよぉ、つい笑っちまったんだよ。くははっ。しかもてめえ、2度も負けたんだってなぁ。てめえみたいなゴミを2度も許してくれるなんておやさしい野郎だよ。それとも土下座でもして許してもらったか? げははっ!」

「こ、この野郎っ!」


 頭に血が上った智は男に詰め寄ろうとするが、


「な……っ?」


 身体が動かない。

 首から下の神経がすべて死んでしまったかのように身体の感覚を失い、智はその場に固まってしまう。


「俺の魔人スキル『マリオネット』だ。踊れマヌケ」

「うあっ!? か、身体が勝手に……っ」


 智の意志とは関係無く、身体が動き出す。

 その場で妙な踊りをやらされた智は、屈辱で怒りが増す。


「て、てめえこの野郎っ!」

「なんだよ? やり返してみるか? いいぜやってみろよ。俺はお前を自殺させることだってできるんだぜ。ひゃっひゃっひゃっ」

「ぐ、うう……」


 この男の言うことは本当だろう。

 事実、身体は言うことを聞かずに踊り続けている。


 クソがっ!


 自分の弱さに腹が立つ。


 力が欲しい。

 誰にも舐められなくなるような、圧倒的な力を智は欲した。


郁夫いくお、そこまでにしなさい」


 メルモダーガがそう言うと、踊っていた智の身体に感覚が戻る。


「ああ。なかなか楽しかったぜ。へっへ」

「クソ……っ」


 身体が自由になった安堵感などどうでもいい。

 自分がこれほどいいように遊ばれて笑われている。その事実があまりに不愉快で悔しく、怒り以外の感情を味わう余裕はなかった。


「さて智君、君の言う白面のことは私も知っているよ。君の強さじゃ彼には勝てない。彼からすれば、君など足元を這い回るネズミ以下だろう」

「ぐっ……」


 違うとは言えない。

 しかしその通りと肯定するのも嫌だった。


「彼の強さは君よりずっと上だ。けれど君には彼より勝っている部分がひとつだけある。それがなにかわかるかね?」

「……頭の良さか?」

「いいや。もっと圧倒的に優れている部分だよ」


 そう言ってメルモダーガは自らの胸を指差す。


「心の邪悪さだ。君ほどに邪悪な人間はそうそういない」

「俺をこき下ろしてるのか?」

「いや、褒めているんだよ。夢音に聞いたかもしれないけど、魔人の強さを決めるのは心の邪悪さだ。心が悪に染まっているほど、強い魔人になる。ここにいる私の子供たちは魔人の精鋭だよ。皆、強い邪悪な心を持って魔人となった」

「はっ、つまりどいつもこいつもクソ野郎ってことか?」

「その通り。善人からすれば反吐が出るようなクソ野郎ばかりさ。君も含めてね」

「俺は違う。好きに生きているだけだ。クソ野郎じゃねえ」

「君はレイカーズで大勢を乱暴して殺してきたはずだ。それを理解した上でもそう言えるかい?」

「言えるね。俺は優秀な人間だ。優秀な人間が楽しむために、そうでない人間が死ぬなんて普通のことじゃねーか。凡庸な人間ってのは、俺みたいな優秀な人間に尽くすためだけに存在してるんだからよぉ」


 だから邪悪などと言われれば不愉快になる。

 自分は当然のことをしているだけで、悪などではまったくないのだから。


「ふっふっふ……。すごいよ君は。自分を悪とすら思っていない、まさに純粋悪というやつだ。君のような逸材を私は待っていた」

「俺は悪じゃ……」

「わかっているよ。君は悪じゃない。君の中では、君のしていたことはごく普通のことなんだ。それが実に素晴らしい」


 嬉しそうに笑ってそう言うメルモダーガだが、なんだか貶されているような気がして智はおもしろくなかった。


「君の望みを叶えよう。私にはその力がある」

「力ってのは魔法か?」

「そうだ。私の魔法で君に力を……いや、君の心を力に変えてあげよう」

「魔法なんてオカルトを俺に信用しろってのか?」

「結果が君を信用させる。力が欲しいのだろう? 与えよう。私は君を強くできる。ここにいる私の子供たちのように」

「……」


 円卓の前に座る魔人に自分もなる。そうなれば強さを得られるのかもしれない。

 このままダンジョンで魔物を倒し続けても、いつスキル発現をできるかは不明だ。スキル発現どころか、異形種になる可能性のほうがはるかに高い。


 オカルトでも強さを得られるなら頼ってみるのはありだ。

 しかし魔法とやらで強くなれるとして、ひとつ解せないことがある。


「俺の心を力に変えるだったか? そんなことをしてあんたになんの得がある? 無償で奉仕をするような善良な宗教とは思えねーけどな」

「その通りだよ。私はただで君の心を力に変えてあげるわけじゃない。君には我々の目的に協力してもらう」

「目的? 駅前で布教のビラでも配らせる気か?」

「それもいい。私の信者が増えるのは良いことだからね。しかしそれは別の者でもできる。君にはもっと壮大な目的に協力してもらいたいんだ」

「なにをやらせる気だ?」


 あの仮面野郎よりも強くなれるならなんだってやってやる。あの野郎を殺さなければ自分の人生に先は無いと智は思っていた。


「世界征服」

「はっ、それはビラ配りよりも簡単そうだ」

「その通りだよ。魔人の強さはハンターのブラック級をはるかに凌駕するものだ。その力を持ってすれば、世界征服など容易にできる。きっと君の力など必要無い。しかし私は慎重なんだ。確実に目的を遂げるために、できる限り強い力を集めたいと考えている」

「そうか。わかった。協力してやる。だから俺に力を寄こせ」

「私はなにも与えない。君の心を力に変えてやるだけだよ。さあこちらへ来なさい。君も私の子供たちに加えてあげよう」


 言われて智はメルモダーガの側へと歩く。


 自分がここにいる不気味な連中と同じになる。そのことに恐怖感が無いわけじゃない。しかし強さはほしい。仮面野郎を超える強さを手に入れることができるならば、なににでもなってやるという覚悟はあった。

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