第273話 結婚式に異を唱える者

 ……イレイアの身体から集合装置を回収し、それを自分へ取り込んだ俺はふたたびこの世界の魔王へと返り咲くこととなった。そして……。


「おめでとうございますっ!」


 魔王の間には多くの親しい人間たちが集まり、皆が祝福の言葉を叫ぶ。


 今日は俺とアカネちゃんの結婚式だ。

 俺の家族やアカネちゃんの家族、イレイアやジグドラスなどの配下たちが集まって盛大に俺たちを祝ってくれていた。


「みんなありがとう」


 玉座の前に立って俺はみんなの声に答える。


「ありがとーみんな」


 ウエディングドレス姿のアカネちゃんも笑顔で答えていた。


 今日は最高の日だ。

 最愛の人であるアカネちゃんを横目で眺め、俺の顔は自然と綻ぶ。


 これほどに素晴らしい女性はいない。

 誰よりもしあわせにしてあげようと、俺は心に誓っていた。


「アカネ」


 と、そこへ社長……ではなくアカネちゃんのお父さんとお母さん、紅葉ちゃんがゆっくりと近づいて来る。


「パパ」

「うん。まずはおめでとう。しかしまさか彼が……いや、こちらの御方が魔王様になられるとはな。なんというかすごく驚いているよ」

「魔王だって言わなかったっけ?」

「いや、聞きはしたけど、本当に魔王になるなんて……その、いろいろと失礼をしてしまって申し訳ありませんでした」

「い、いやそんな、頭を下げないでくださいお父さん」


 俺へ向かって深く頭を下げてくるお父さんに俺は戸惑う。


 俺にとっては社長でもある。

 こんな風に深く頭を下げられると困惑してしまう。


「おめでとうアカネ」


 社長の隣では楓さん……お母さんがうっとりと微笑みながら祝福の言葉を述べる。


「うん。ありがとうママ」

「まさかアカネが魔王様の奥さんになるなんてねぇ……。ところで、魔王様とはもうしたの?」

「お、お母さんっ」


 したとは恐らくあれのことだろう。楓さんだし……。


「まだ。今日が初夜になるかな」

「ア、アカネちゃん。そういう話はあとでね」

「いいじゃん。大事なことだし」

「まあ……」


 それはそうなんだけど……。


「おねえずるいっ!」


 と、不意に紅葉ちゃんがそんなことを言う。


「こんなすごい人と結婚できるなんておねえだけずるいよっ!」

「あんたもがんばんなさい」

「嫌っ! わたしも魔王様と結婚するのっ!」


 紅葉ちゃんは俺の腕を抱き締め、ドレスから覗く胸の谷間へと収める。


「わ、わおぉぉっ!?」


 ふんわり柔らかな感触。

 さすが姉妹。おっぱいの柔らかさも似ていて……。


「こらっ!」


 しかしその感触は長続きせず、紅葉ちゃんはアカネちゃんによって引き離される。


「わたしの旦那さんなんだからねっ。気安く触ったりしちゃダメでしょっ」

「ぶー」


 叱られた紅葉ちゃんは唇を尖らせていた。


「こ、小太郎」


 今度は父さんと兄さん、それと兄さんの奥さんである千影さんが側へと来る。


「父さん」

「うん。その……おめでとう。」

「ありがとう」


 異世界から戻って来て、別人のような父さんと再会したときはこんな風に祝いの言葉をかけてもらう日がくるなんて想像もできなかったことだ。

 イレイアが天使に唆されて行った世界吸収だが、俺の知っているやさしい父さんと兄さんに再会できたことは素直に嬉しかった。


「しかし農家で普通に育って魔法も使えなかったお前が魔王だなんて……。わけがわからなくて混乱しているよ」

「いやまあ……それを説明して納得してもらうのは少し難しいことでね」


 かなりややこしいことがあって今に至っている。

 しかし暇を見ていずれ説明しようとは考えていた。


「そうだろうな。まあとにかくおめでとう」

「ありがとう父さん」


 肩をポンと叩かれて俺は微笑む。


 ここは俺が生まれ育った世界ではない。

 しかし俺の知っている父さんに出会えたことで、ようやく帰って来れたのだなという思いに至っていた。


「おめでとう小太郎」

「おめでとうございます小太郎さん」


 兄さんと千影さんに祝福の言葉を贈られる。


「ありがとう兄さん、千影さん」


 兄さんに対しても父さんと同様の思いがある。

 俺の知っているやさしい兄さんとの再会は本当に喜ばしかった。


「父さんと一緒で、お前が魔王になったことには驚いたけど、女っ気の無かったお前がいきなり結婚ってのにも驚いたよ。どこでこんな素敵なお嬢さんと出会ったんだ?」

「えっ? いや、それはあの……」


 ダンジョンで。


 しかしこの世界にダンジョンはもう無い。

 どこで出会ったかの説明は難しかった。


「はは、ど、どこだったかな? なんか暗いところでね」

「そうなのか? まあしあわせにな」

「うん。ありがとう」


 しあわせにはなる。

 そして俺以上に、アカネちゃんをしあわせにしようと思う。


「小太郎おにいちゃん」

「あ、無未ちゃん」


 祝福……という顔はしていない。

 複雑な表情で俺の前に立っていた。


「わたしはその……2番でもいいからねっ!」

「えっ? あ……」


 それだけ言って無未ちゃんは走り去ってしまう。


 無未ちゃんの気持ちを考えればここには居づらいだろう。


 2番……。


 それを聞いた俺はなんとも複雑な思いであった。


「しかたないのう。わしは3番目でよいかの」

「ゆ、雪華……」

「嫌とは言わさん。無未ちゃんがよくてわしはダメなんて許さんからの」

「う、ううん……」


 俺は答えに窮する。


 またややこしいことになりそうだ。


「きゅー」

「うん?」


 足元へ来たコタツをアカネちゃんが抱き上げる。


「コタツ君もおめでとうって」

「うん」


 言葉はわからないけど、恐らくそうだろう。


「魔王様……」

「あ、イレイア」


 イレイアが申し訳なさそうな顔で俺の前に現れる。


「このような場に私が呼ばれてもいいものか……いえ、本来ならば投獄をされて裁きを待つべき身です。今からでも魔王様は私に然るべき裁きを……」

「もういいんだイレイア」


 イレイアの言葉を俺は途中で制す。


「お前は天使に唆されていただけだ。それに身勝手で魔王をやめた俺にも責任はある。むしろお前や他の皆には負担をかけて申し訳ないと思っているよ」

「そんな……魔王様」

「とにかくもう気にするな。以前と同じく将軍として仕えてくれたら嬉しい」

「わ、私のような者で良ければもちろん……」

「うん。頼んだぞ」


 イレイアは優秀な女性だ。

 これからも将軍として立派に活躍してくれるだろう。


「あ、コタロー、戸塚は来てないの?」

「ああ、呼んだんだけど、こういう場にそぐわないから来ないって」

「まあ祝いの場にきてみんなと和気あいあいってタイプじゃないもんねー」

「うん」


 まあもしかしたら魂だけになって、どこかで浮いてるのかもしれないが。


「千年魔導士は?」

「あいつも同じ理由で来ないって」


 俺を祝福できそうもないとかよくわからないことを言っていたが、まああいつもみんなと和気あいあいというタイプではないのでしかたないと思う。


「魔王様、そろそろ式を始めてもよろしいですか?」

「あ、うん」


 神父に言われて俺は返事をする。


 別に神を信仰しているわけではない。

 しかしまあ、結婚式と言ったら神父だろうと形だけで呼んだのだ。


 皆が席へとつき、俺とアカネちゃんは神父の前に立つ。


「新婦、伊馬アカネ様は病めるときも健やかなるときも……」

「誓う誓うっ! もうこんな長いのいいやっ! コタローっ!」

「えっ? んんっ!?」


 いきなりアカネちゃんに首を抱き締められて唇へキスをされる。


 アカネちゃんらしい。


 進行など知ったことではない。

 そんな自由奔放なアカネちゃんの行動を微笑ましく思いながら、俺はキスを受けていた。


「あ、で、ではその……お2人の結婚に異議を唱える者はいますか? いなければ2人は夫婦と認め……」

「――異議ならありますよ」

「えっ?」


 異議がある。


 そんな声を聞いた俺は誰が言ったのか全体を見回す。


 しかし皆も困惑した様子で声の主を探している。

 

「一体、誰が……? ん? えっ……?」


 考える俺の前へ、天井から降り注ぐ光が見える。

 そして光へ降り立つようにひとりの女性が現れた。


 ――――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 ついにアカネちゃんとの結婚式を迎えましたが、そこへ異を唱える邪魔者が……。魔王様とアカネちゃんとの結婚を阻む最強の障害が登場です。


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。

 よろしくお願いいたします。


 次回は最強の敵が降臨……。

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