第190話 キレるアカネちゃん(伊馬アカネ視点)

 どうしてここにコタツ君が?

 と言うか、いつの間に頭の上へ? いや、それ以前に……。


「コタツ君、あなた話せたの?」


 今まできゅーとしか鳴かなかったコタツ君がしゃべっている。それが一番の不思議であった。


「いや、本来はしゃべれないよ。この場所が特別なんだ」

「特別って……」


 なんの変哲も無い街の一角だが……。


「ここは現実じゃない。君が見ている夢の中なんだ」

「ゆ、夢?」

「そう。そして君の夢に侵入して、君を苦しめているのがあの女だ」


 コタツ君の首が目の前を指す。

 そこに立っていたのは、忌々し気にコタツ君を睨むフランソワだった。


「そ、その竜は……夢の存在じゃないっ! わたくしと同じく夢の中に侵入したイレギュラーっ! まさかわたくしと同じスキルを……っ」

「それは違う」


 コタツ君は首を横へ振る。


「僕の能力は守護対象がどんな状況であろうと、攻撃をされればそれを無力化できる。そこが夢の中であろうと例外じゃないってだけさ」

「そ、そんなことが……くっ、想定外ですわっ!」

「あっ!?」


 フランソワの姿が3本角の魔人へと変貌する。


「かかっ、わたくしの魔人スキル『ドリーム・エンター』で夢の中へ侵入して、夢の内容を書き換えてあなたの心をわたくしにものにして差し上げようと思ったのに、とんだ邪魔が入りましたわ」

「ま、魔人っ? フランソワがっ?」

「今ごろ気付いてももう遅いですわ。すでにわたくしはあなたの夢に侵入している。逃げることはできませんわよ」

「っ!?」


 周囲の景色が変わる。

 建物も青い空も消え、星々が輝く宇宙空間へと移動した。


「『ドリーム・リライト』。わたくしは夢の内容をいつでも書き換えられますの。つまりこの世界では最強。勝つことはできませんわ」

「さ、最強ったって所詮は夢の中でしょ? 怪我したり死ぬこともないじゃん」

「確かに夢の中で死んでも現実のあなたは怪我もしませんし、死ぬこともありませんわ。けれど夢で夢以外のイレギュラーな力で殺されれば心が死にますの。心が死ねば、あなたは生きる人形と化してわたくしの言いなりになりますわ」

「そ、そんな……」


 そんなことになりたくはない。


 小太郎がいれば夢の中であろうと、あの女をやっつけてくれただろう。しかし今はいない。どうしたらいいのかと、アカネは動揺する。


「大丈夫」


 その動揺を払拭させるように、コタツ君が声を上げる。


「魔王様の大切な人である君のことは僕が絶対に守る」

「コ、コタツ君……」


 そうだ。ここにはコタツ君がいる。

 この子の能力があれば、心が殺されるなんてことは無い。


「光の玉で君の危険を知った魔王様がすぐに来てくれるはず。倒すことはできなくても、それまでの辛抱だよ」

「う、うん」


 身体に纏う光の玉は小太郎へ自分の危険を知らせてくれる。小太郎が来るまでコタツ君の力で耐えればいいのだ。


 そうとわかったアカネから動揺が消えていく。


「その魔王と言うのは白面のことですわね。あなたの夢を見て、あなたのこともあの男もこともだいたいわかりましたわ」

「人の夢を勝手に見るなんて、ずいぶん下品なお嬢様だこと。さぞ上品な育ちをされたんでしょうね」

「ふん。その生意気な口でわたくしの足を舐めさせて差し上げますわ」

「反吐が出る」


 想像しただけで気持ちが悪くなった。


「最後のチャンスを差し上げますわ」

「チャンス?」

「ええ。アカネさん、わたくしのものになりなさい。あなたほどの美しい女性が、あんな冴えないスケベなおっさんに抱かれるなんて許せませんわ。あの男に限らず、男なんてみんな汚くて下劣な生き物よ。あの男だってあなたの身体にしか興味の無いクズでしょ? そんな男なんか忘れてわたくしのもとへ来なさい。美しい女性は美しい女性同士で……」

「黙れ」


 聞くに堪えない戯言に憤慨したアカネが低い声でそう声を吐き出す。


「ふん。あんたが馬鹿なのはわかったからもういいよ」

「なんですって?」

「男が汚くて下劣? 女にだって汚くて下劣なのはいるし、男だけだと思ってるのはあんたの偏見でしょ。鏡を見なよ。下劣で汚い女がそこにいるからさ」

「なっ……わ、わたくしが下劣で汚いですってっ!」

「人を騙して自分のものにしようとした女が下劣で汚くなくてなんなのさ? 美しい女は美しい女同士でだって? はっ、あんたの性癖を押し付けんなよ。わたしは男が好きなの。コタローが大好きなの。わたしの大好きなコタローを、コタローを知らないクソ女がクズとか言ってんじゃねーよ」

「このっ……」


 フランソワは表情を歪めてアカネを睨む。


 頭に血が上って、殴るように言葉を吐いた。

 こんなに腹が立ったのは初めてだ。こんなに人を嫌ったのも初めてだ。


 小太朗を貶されてムカついたのもあるが、そうでなくてもアカネはこのフランソワという女の性格が気に入らなかった。


「どうやらわたくしが差し上げたチャンスを無下にしてしまったようですわね。いいでしょう。ならばあなたの心を殺して、人形にしてやるだけですわっ!」

「っ!?」


 広大な宇宙空間に一点の光が輝く。そして、


「うわっ!?」


 巨大隕石がこちらへと迫る。


 避けれるはずはない。

 アカネはただ目を瞑る。


「大丈夫」


 コタツ君の声が聞こえ、チラと目を開く。と、


「あっ」


 迫りくる巨大な隕石がアカネのすぐ側で消滅する光景が見えた。


「僕はどんな攻撃でも無効化できる。あの女が夢を自由に改変してどんな攻撃をしてきても、僕がいる限りアカネちゃんを傷つけることはできない」

「コ、コタツ君。うん」


 コタツ君が側にいればなにも恐れる必要は無い。

 このまま守って小太朗が来るのを待てばいいのだと、アカネは心を落ち着ける。


「どうやら、その竜は思ったより厄介のようですわね」

「ふん。あんたの攻撃なんて効かないんだし、もう諦めたら?」

「わたくしを舐めすぎですわ。わたくしは夢を支配する魔人。わたくしはすべての夢を支配し、蹂躙することができる」

「なにを……」


 フランソワは高く右手を上げ、そして振り下ろす。と、空間に切れ目ができ、フランソワはそこへ手を突っ込む。


「あいつなにしてるの?」

「わからない。けど気をつけて。なにかしてくる気だ」

「うん」


 不敵な笑みを浮かべるフランソワに不快感を覚えつつ、アカネは事の成り行きを凝視して警戒を怠らなかった。


「うふふ、あなた自身は無事でいられるかもしれない。けど、他はどうかしらね」


 切れ目に入れた手をフランソワが引く。


「えっ……?」


 その手に掴まれて現れたのは紅葉だった。


 ――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 夢に入り込んで来るとはなかなかいやらしいことをしてくる魔人です。小太郎を悪く言われてアカネちゃんブチ切れですが、はたして小太郎が来るまでは守り切れるでしょうか……。


 フォロー、☆をいただけたら嬉しいです。

 感想もお待ちしております。


 次回はフランソワのスキルにアカネちゃんがふたたび危機に……。


 ※@wesleeさんからギフトをいただきました。

 ありがとうございます。

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