第84話 異形種討伐で見かけた雪華の姿

 無未ちゃんのスキルで出した黒い手に乗り、街へ異形種の退治へ向かう。


「これは……」


 ダンジョン付近の街を上空から見下ろすと、尋常ではないほどに多い異形種の魔物がそこかしこで暴れ回っていた。


「なんでこんなことに?」

「うーん、理由はわからないけど、ダンジョンで異形種がすごく増えてるらしいんだよね。まあ増えてる異形種は弱いのばかりみたいだけど、階層を移動できる特性があるから、数が多いとああやってぞろぞろ出て来ちゃうみたい」

「こんなことが世界中のダンジョンで起こってるの?」

「他の国でも異形種の大量発生が起きてるって話は聞かないかな。今のところ日本だけみたいだね」

「そうなんだ」


 なぜ日本だけで異形種の大量発生が起きているのか?

 そもそも異形種の発生原因すら不明とされているので、俺が今ここで考えてもわかるはずはないのだが。


「ともかく、外に出て来た異形種を退治しないとね。準備はいい? 小太郎おにいちゃん?」

「オッケー」


 俺が返事をすると、黒い手は街へ向かって下降していった。


 ……それから俺と無未ちゃん、他のハンターたちの手によって外に出た異形種は退治されていき、やがて街からは一匹もいなくなる。

 例によって国家ハンターと一部のハンターは異形種が出て来たダンジョン内に入り、出口付近から外で出ようとしている残りを退治に向かう。


 俺たちと一部のハンターは外に残り、入り口で警戒をしていた。


「はあ……」


 無未ちゃんが言っていた通り、大量発生した異形種の1体1体は弱い。しかし数があまりに多く、倒しても倒して現れたのでうんざりした。


「最近はこれがほぼ毎日だからな。参ってしまう」

「これが毎日は堪らないね……」


 本当にご苦労様である。


「うむ。しかしこういう事態で国家ハンターから支払われる異形種の討伐依頼報酬がかなり上がったからな。討伐に参加する人はかなり増えた」

「そうみたいだね」


 以前に異形種が外へ出て来たときにいたハンターの数よりも、明らかに今回のほうが多い。国もこの事態を危惧して金を出したということだろう。


「全国でこれだ。国が金を出して全国のハンターに動いてもらわなければ、我の身体がいくつあっても足りん」

「うん……」


 今日はたまたま参加したが、俺も仕事があっていつでも討伐に来れるわけではない。無未ちゃんや全国のハンターにはがんばってもらいたいところだ。


「白面君、ディアーさん」

「えっ? あ、あなたは……」


 俺と無未ちゃんに声をかけてきたのはエレメンタルナイツのリーダー、日生流星さんであった。


「日生さん、どうもおひさしぶりです」

「ああ。グレートチーム以来だね」


 あれからそんなには経っていない。

 しかし以前に会ったときよりも日生さんは老けて見えた。


「ええ。あ、今日はおひとりで……その、やっぱりチームは辞められたんですか?」


 グレートチーム後にチームを辞めると言っていたのを思い出し、俺はそう思った。


「いや、チームは解散したんだ。あんなことがあったからね。このまま続けていくのは難しいということで……」

「そうですか……」


 そうなってしまった一因は俺にもあるため、申し訳なさがこみ上げてくる。


「経緯はだいぶ変わってしまったけど、私は予定通りにチームを抜けて異形種退治やダンジョンの治安を守る活動ができているよ」


 そう言って日生さんは自嘲気味に笑う。


「それよりも、君たちがグレートチームの賞金と賞品の受け取りを辞退したと聞いたけど、どうしてだい?」

「それは……」


 理由を話せばこの人は俺たちに対して、申し訳ない気持ちになるかもしれない。


 問いに対してなんと答えるべきか?

 俺は迷う。


「ふん。我らが優勝できたのは偶然だ。偶然で得た勝利で、賞金や賞品を受け取るなど我のプライドが傷つく。それだけのことだ」


 迷う俺の隣で無未ちゃんが堂々とした声音でそう答えた。


「そうか……。いや、もしかすれば我々に起こったを気にして、受け取りを辞退したのではないかと気掛かりであってな」

「うぬぼれるな。貴様らに起こったことは、貴様らの弱さと甘さが招いたことだ。我らが気にしているだなどどと、つまらぬ妄想もいいところだな」

「無未ちゃん……」


 賞金賞品の辞退を言い出したのは俺だ。

 無未ちゃんにこんなことを言わせてしまって、本当に申し訳なく思う。


「本当にその通りだよ。すまない。ディアーさんの言う通り、私のうぬぼれだ。変なことを言ってしまって申し訳ない」

「いえ……」


 ……それからしばらくして、中に入った国家ハンターと一部のハンターたちが戻って来る。ダンジョンの出口付近にいた異形種はすべて討伐したとのことで、国家ハンター以外のハンターは皆、帰って行った。


「無未ちゃんごめん」


 空を飛ぶ黒い手の上で俺は無未ちゃんに謝る。


「えっ? ごめんって?」

「さっきのこと。日生さんに、無未ちゃんからあんなこと言わせちゃって」


 本来は心優しい無未ちゃんから心にも無いことを言わせてしまった。本当に申し訳ないと思っている。


「気にしないで。ああ言ったほうがきっと収まりがいいと思っただけだから」

「うん……。でもごめん」


 俺が同じことを言ってもよかったのだ。

 それを思いついて言えなかったことは俺の落ち度だろう。


「ふふ、夫が困っていたら助けるのは妻の役目だからね」

「夫って……」

「いずれはそうなるの。これは決まったことなんだよ」


 そう言われて俺は肯定も否定もできず黙る。


 こんな自分はみっともない。

 ひどく格好悪いと、俺はただただ自己嫌悪した。


 そのまま俺は街を見下ろす。


 大量の異形種によって街は破壊され、死傷者も多く出た。

 これがほぼ毎日だ。こんなことがいつまで続くのか……。


「ん?」


 ボロボロになった街の道路に綺麗な高級車が止まっている。

 そのすぐ側には1人の男性と……小さな子供?


 あれは……。


 遠目ではっきりとはしないが、見覚えのある外見だ。


 雪華?


 短い黒髪に着物の女の子。雪華だ。

 一緒にいるのは誰だろう? 背中しか見えずよくわからなかった。


 やがて高級車と2人は見えなくなる。


 なぜ雪華がこんなところに?


 どこかへ向かう途中……いや、ずいぶん前に異形種が街へ出たという警報が鳴ったはずだ。いまだに避難をせず、こんなにダンジョンから近い場所にいるのは違和感がある。


 逃げ遅れたのだろうか?


 ならば無事でよかったと、俺は心の中で安堵していた。


「どうしたの? なにか見えた?」

「あ、いや、道に雪華と大人の男性が見えてさ」

「雪華って、さっき言ってた子供のこと?」

「うん」

「大人の男性と子供……。そういえば」


 と、無未ちゃんは顎に手を当てる。


「異形種が増え始めてくらいからかな。ダンジョンで大人の男性と小さな女の子が中層あたりに歩いてるのを見かけるって、探索者のあいだで少し話題なんだよね」

「そうなの?」

「うん。幼稚園児くらいの女の子を連れてるって……」

「幼稚園児くらいの……」


 雪華もそのくらいか。


 大人の男性と子供。

 さっき見た2人と重なって、まさかの可能性を想像してしまう。


「それと、大人の男性は黒い仮面を被ってるんだって」

「黒い仮面を?」

「白面をリスペクトしたファンじゃないかって噂なの」

「ファ、ファン?」

「白面も有名人だからね。ファンがたくさんいるみたいだよ」


 サラリーマンやってる自分にファンなんてピンとこない。

 まあ、その黒面が俺のファンかどうかはわからないことだが。


「けど、あんなあぶないところに幼稚園児の女の子を連れて行くなんて信じられないよね。わたしたちの子供だったら、ダンジョンなんてあぶない場所に連れてったりなんて絶対しないもんね」

「ははは……そうね」


 真面目な顔で言われたので、俺はとりあえず苦笑いしつつ微妙な返事を返した。

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