第92話 異形種の真実

 異形種に襲われていた男はひどく動揺している。

 命の危険があったからというのもあるだろうが、それ以外にもなにか恐ろしい目にでもあったかのように狼狽を極めていた。


「あ……ああ……」

「なにがあったんだ?」

「あ、有り得ねえ……有り得ねえことなんだ……」

「だからなにがあったんだ?」

「あ、あいつが……仲間のあいつが異形種の魔物を倒したんだ。そしたら……そしたらあいつは急に苦しみ出して……ああ……か、身体がでかくなって、魔物になっちまったんだ……」

「……っ」


 嫌な予感は的中した。


 身体に入れ墨のあったあのオーガ。

 あれはダンジョンの出入り口でアカネちゃんを突き飛ばしたチンピラだったんだ。


「ま、魔物になっちまったあいつは俺以外の仲間をみんな殺した。こ……これは悪い夢だ。こんなこと……こんなこと有り得ねえよ。人が魔物になっちまうなんて……なんの冗談だよ……」


 男は頭を抱えてそのまま蹲る。



 めたどん:人間が魔物にって……えっ? マジなん?


 ランラン:さっきのオーガって異形種でしょ? 人が異形種になったって言うの? 見間違いだと思うけど?


 ぬまっきー:あり得んでしょ。そんな話聞いたことないし


 そらー:ダンジョンって大昔からあって、異形種だってずっと大昔から確認されてるのに、今さらそんな事実でてこないでしょ。見間違いだよ。



 コメ欄にある通り、人が魔物になるなんて事実が出てきたことはない。しかしあの入れ墨は間違いなく、あのチンピラ男のものではあった。

 ならばあのチンピラ男が異形種に変化した考えるのが妥当であろう。



 イグナス:都市伝説レベルだけど、人間が魔物にって話はあるよ。本気で信じてる人はほとんどいないと思うけどね。


 おやつ:まあそういう怪談は聞いたことあるけど……。



 都市伝説、怪談。俺もそのレベルでなら見聞きしたことはある。

 しかし事実としての認識はしていなかった。


 俺は足元に落ちていた鎧の欠片らしきものを拾い上げる。


 人間の肉体が巨大な異形種となった際に着ている鎧が砕けたとすれば、その欠片が大量に落ちていることにも説明がつく。


 やはり人間が異形種になるという現象はあるのか?


 俺はその事実を受け入れ始めていた。


「……」


 足元にはスキルサークレットの欠片も落ちている。

 それを見下ろす俺の頭に、まさかの可能性が浮かんだ。


「……うん? なんだ?」


 仮面の左目部分に映るコメント欄が不意に荒れだす。


 見覚えのない名前の視聴者が大勢、現れて人間が魔物になったという事実をデマだとコメントしまくっている。


「な、なんか急に同接がすっごい伸びて、デマだデマだって大量にコメントして荒してくるんだけど、なにこれ?」

「うん……」


 偶然かもしれない。

 だが俺はこの動きに不気味なものを感じていた。


 ……


 ……アカツキという大人気VTuberが配信した影響だろう。人間が異形種になるのではという話題はネットを騒がせた。

 トトッターで呟く人も多かったが、不思議とトレンドにはまったく上がらず、この現象に関して肯定的な呟きをすれば大量にデマ認定のリプがついて、最後はアカウントを凍結されていた。


 新聞テレビでもこの話題を取り上げるも、人間が異形種になるという現象を否定するものばかりだ。テレビに出演するダンジョン研究の専門家たちは、人間が魔物になどありえないと断じ、VTuberアカツキの動画は演出であり、人々を惑わす悪質なデマと批判をしていた。


「なにこれムカつくっ!」


 俺の部屋でネットニュースを見ていたアカネちゃんは、当然の如くこれに激怒して怒声を上げる。


 アカネちゃんが怒るのも無理はない。


 VTuberアカツキによる悪質なデマ。

 どのメディアもそのように報じているのだ。ネットでも炎上しており、擁護の声よりも叩きのほうが圧倒的に多かった。


「演出ってなにっ! そんなことしてないしっ! 全部、事実じゃんっ! 人間が魔物になったのだって本当なんだからっ! そうだよねコタローっ!」

「それはまあ……そうなんだけど」

「けど? けどなに?」

「いや、実際に人が魔物になる瞬間は動画に映ってないし、あの映像だけだと演出を疑われてもしかたない部分もあるかなって」

「だって、入れ墨のあるオーガは映せたじゃん? 魔物に入れ墨があるわけないし、あれだけでも十分な証拠になると思うけど?」

「う、うーん……」


 それもそうなんだ。

 オーガに入れ墨があったことを指摘し、人間が魔物になっている可能性はあると肯定する声もあるが、そういう声は圧倒的な否定に潰されてしまう。


 異形種の正体が人間だとすれば、それは恐ろしいことだ。

 ダンジョンにいればなんらかの理由で魔物になってしまう可能性に恐怖するのはもちろん、今まで殺してきた異形種が同じ人間だったと認めなければならない。それはダンジョン探索者にとって受け入れがたい事実だと思う。


 もしも人間が異形種になってしまう事実を受け入れたら、探索者はいつか自分も異形種になってしまう恐怖を持ちながら探索を続けなければならない。異形種が現れたら、同じ人間を殺す覚悟を持たなければならない。


 まともな精神を持っていれば、それは辛いことだろう。


 だから多くの者が、動画の内容を否定したい気持ちはわかる。

 しかしそれを勘案しても、否定の声は多過ぎるような気はしていた。

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