第88話 語られる雪華の正体
雪華を連れて近くのダンジョンへやってくる。
こんな小さな子を連れてダンジョンへ来るべきか迷ったが、
「いいから付いて来るんじゃ」
どんどん歩いて行ってしまう雪華についてここまで来てしまった。
無理に止めることだってできたはず。
しかしなぜかこの子に言われると、その通りにしても大丈夫という思いが湧いてきて従ってしまう。実に不思議な心地だ。
「ふむ。人が多いのう」
「うん」
スキルサークレットが発売されてからずっとこんな様子だ。
皆、スキルを発現させたいのだろう。異形種は通常の魔物よりも多く魔粒子を放出するらしく、大量発生という状況も人の多さに拍車をかけている。
人が多くなれば、その分、魔物に殺される者も増える。
それゆえ、行方不明者の捜索依頼が増加しているのも人が多い理由だと思う。
「まあ、異形種が多いのは下の階層じゃからの。ほとんどは入り口からリターン板で下へ移動するじゃろう。わしらはこのまま人のいない場所へ行くぞ」
そう言う雪華について行き、やがて人の居ない場所を見つけてそこで止まる。
「ここでしばらく待つのじゃ」
待ってどうするのだろう?
腕を組んで目を瞑っている雪華を見下ろす。
「ここはあぶないし、やっぱり帰ったほうがいいんじゃないかな?」
「平気じゃ」
「けど……ん?」
なにか近付いて来る音がする。
前方に大きな魔物の影。やがて現れたのは、巨大なコウモリの魔物だった。
「あれは……異形種かっ」
この階層にコウモリの魔物はいない。
そしてあの大きさ。間違い無く異形種だ。
「下がってっ」
「無用じゃ」
下がれと言う俺の言葉にむしろ雪華は前に出た。
「ゆ、雪華っ!」
「黙っておれ」
ひどく落ち着いた声で雪華は迫る巨大コウモリの前に立つ。そして、
「えっ……」
突如、巨大コウモリの身体がひかり輝き、バラバラの粒子になっていく。バラバラになった粒子はまるで吸い込まれるように雪華のほうへ集まる。
「な、なんだ? なにが起こっているんだ?」
説明のできない状況に俺は困惑する。
それから異形種は完全に消失し、雪華だけがそこへ立っていた。
「……ふむ。たいした異形種では無かったの」
「な、なにが……。君は一体なにをしたんだ?」
「よく見ておるのじゃ」
「え……」
不意に雪華の背中が盛り上がり、
「うわっ!?」
コウモリの羽がバサリと生え伸びる。
その羽を羽ばたかせ。雪華はふわりとその場を飛んだ。
「こ、れは……スキル、か」
それしか考えられない。
「厳密にはそうじゃ。わしは異形種の力を取り込んで自分のものにすることができるスキルを使える。しかし通常とは違う方法でスキルは体得した」
「それって魔粒子を身体に取り込み続ければ、発現するっていうスキルのことか?」
「違う」
雪華は否定しつつ、地面へ降りて羽を消す。
「わしは生まれつきこのスキルを持っておる」
「えっ? それってどういうこと?」
「わしは人間ではない。人間の遺伝子と魔物の遺伝子を掛け合わせて作られた人造人間なのじゃ」
「じ、人造人間っ?」
俺は雪華をじっと見下ろす。
普通の子供だ。外見には変わったところは見られなかった。
「見た目は普通じゃ。違うのは中身。わしは人間に見えて、半分は魔物なんじゃ」
「そう……なのか?」
信じ難い話だ。とてもすぐに受け入れられるような話ではなかった。
「まだ疑っておるな」
「それはだって……だれがなんで人造人間を作るのかわからないし……」
「作ったのは
「の、野坂冬華っ!?」
それは母さんの名前だ。
「当時ダンジョン装備開発では世界的権威であった野坂冬華は、ジョー松の出資で生物兵器開発に着手したんじゃ」
「か、母さんが……」
俺の覚えている母さんは普通の人だ。
生物兵器開発なんて、そんなことができる人じゃなかった。
「科学者であった野坂冬華は人間の遺伝子と魔物の遺伝子を掛け合わせて、魔物の力を持つ人間を作ろうとした。しかしそのときは成功しなかったんじゃ」
「そのときは?」
「うむ。のちに野坂冬華は末松上一郎と結婚をし、それからもダンジョン装備の開発を続けたのじゃ。そして一度は失敗して凍結した生物兵器開発を上一郎から求められた」
「そ、それで……」
「末松冬華は生物兵器開発に尽力した。それで無理が祟ったんじゃろうな。元々、身体の弱かった末松冬華は研究所で倒れて病院に搬送されたが、そのまますぐに亡くなってしまう」
「……」
母さんは確かに身体が弱かった。
それが理由で早くに亡くなったのはこの世界でも同じだった。
「それから何年も経ち、彼女の研究を引き継いだ科学者たちがようやく生物兵器を完成させた。それがわしというわけじゃ。このスキルはそのときに掛け合わせた魔物由来のものじゃろう」
雪華はふたたび羽を生やして見せる。
……この子の言っていることは筋が通っている。
恐らく真実だろう。しかし、雪華の話に出てくるとうさんとかあさんは俺の知っている2人とは違い過ぎて、赤の他人の話のようにしか聞こえなかった。
「そして上一郎には末松冬華から託されていたものがある」
「えっ?」
雪華はトンと自分の頭を人差し指で叩く。
「末松冬華の記憶じゃ」
「き、記憶……母さんの」
「うむ。生物兵器が完成したあかつきには、自分の記憶をそいつに載せるよう上一郎へ遺言を残したのじゃ」
それを聞いた瞬間、俺は雪華に感じていた疑問のすべてに合点がいった。
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