第52話 会場へ到着、集まる注目

 海辺のダンジョン付近に設営された会場の駐車場へと車が入る。

 ほぼ満車のその場を眺めて、多くの人がここへ来ていることが窺い知れた。


「まだ少し時間があるね」


 大会の開始時間まではまだ猶予がある。

 始まれば終わるまで休まらないだろうし、今はのんびりするのがいいだろう。


 そう考えた俺は、全身の力を抜いて車のシートに背を預けるが、


「じゃあちょっと見て回ろうよ」


 アカネちゃんは外へ出たいようで俺の腕を引っ張った。


「えー俺、人が多いところあんまり好きじゃないし……」


 できるだけ人目の多いところは避けたい。目立つのが嫌いな陰キャなので。


「行くの」

「わ、わかりましたぁ」


 しかし腕を巨乳で挟まれると拒否ができない。おっぱいが大好きなので。


「私もっ!」


 無未ちゃんが反対の腕を取るが、


「あれー? 女王様が男の腕を胸に挟んで大勢の前を歩いて大丈夫なの? 冷徹な漆黒の女王ディアー・ナーシングのイメージが崩れるんじゃない?」

「ぐ、ぐぬぬ……おのれ小娘っ」


 女王様っぽい口調で声をこぼした無未ちゃんがアカネちゃんを睨む。


「で、でもアカネちゃんもほら、俺とこんなにくっついてたらアカツキと白面がそういう関係だったってことになってファンが減ったりするんじゃない?」

「うん? う、うーん……それはそうかも」


 と、アカネちゃんは俺の腕を解放した。


「じゃあ行くよ。ほらおいでコタロー」

「おわっ」


 仮面を被った俺は、直後に腕を掴まれて外へ連れ出される。

 駐車場を抜け、設営された会場にやってくると、大勢の人たちが目に入った。


「うわー人がたくさんだなぁ」


 ほとんどは観客だろう。

 出店もたくさん出ており、さながらお祭りのようであった。


「み、見てるだけで疲れてきた」

「なに言ってんの。ほら行くよ」

「うん」


 俺は腕を引かれ、しぶしぶアカネちゃんについて行く。

 背後に女王様からの冷たい視線を感じつつ。


「お、おお、あれって白面じゃないか?」


 しばらく歩いているとそんな声が耳に届く。


「じゃあ一緒にいる猫の着ぐるみはVTuberのアカツキ……って、うしろにいるのってもしかして……」

「し、漆黒の女王様っ!」

「ブラック級11位、漆黒の女王ディアー・ナーシングっ!」


 注目は俺たちよりも無未ちゃんに集まる。


「白面と組んでグレートチームに参加するって本当だったのか」

「ブラック級がこの大会に参加ってもしかして初じゃないか?」

「クラスはストーン級でも強さはプラチナ級かブラック級って言われてる白面と、ブラック級11位の女王様が組んだってことは、これは優勝確実か?」

「いや、前回優勝チームのエレメンタルナイツだってプラチナ級の上位ばかりを出場メンバーに選んでるんだ。わからないぞ」


 わいわいと俺たちの周囲で盛り上がる。

 注目されるのが苦手な俺は居心地の悪い思いをしていた。


「こんにちわー☆VTuberのアカツキでーす☆今日の大会は白面さんと女王様にがんばってもらって絶対に優勝しちゃうからよろしくねー☆」


 アカネちゃんはアカツキモードで集まった人たちにアピールして湧かせる。

 さすがは今をときめくエンターテイナーである。


「ふん。我が参加する以上、大会の優勝は決まったようなもの。盛り上がりなど一切無い、我に蹂躙されるのみのつまらぬ大会になるだろう」


 無未ちゃんも漆黒の女王モードで周囲を盛り上げる。

 彼女も彼女でなかなかのエンターテイナーだ。


「おお、どっちも気合十分だな」

「白面の意気込みも聞きたいな」

「2人があれだけ自信たっぷりなことを言ったんだ。白面もすげー気合の入ったことを言ってくれると思うぜ」


 なぜか俺もなにか言う流れになっている。


 周囲の注目が一点に俺へと集まり、なにも言わないわけにはいけない空気が流れてしまう。


 なにか言わなければ。


 戸惑う頭で考えた末、俺はいよいよ口を開き、


「が……がんばりまーす」


 右手を軽く上げてそう言った。

 直後、周囲はシンと静まる。


「……大丈夫かあれ?」

「中の人、別人じゃね?」

「いや、あいつは配信でも戦い以外はあんな感じだよ」

「なんか思ったより普通の人」

「その辺にいそう」

「腕の上げ方がおっさんのそれ」


 2人が湧かせて盛り上げた空気は一転して冷え切ってしまう。


 中身はその辺にいる普通のおじさんなのだ。

 場を盛り上げるなどできるはずもなかった。


 冷えたおかげか俺たちを囲んでいた周囲の人たちは少しずついなくなり、なにはともあれホッとした心地となる。


「なんかお腹空いたね。2人は?」


 丁度、昼時だ。腹も空く頃合いである。


「ふむ。我も空腹だ。出店でなにか食べ物を買うか。金は我が出そう」

「いやいいよ。車出してもらった上に食事まで奢ってもらっちゃ悪いし」

「気にするな。いずれ互いの資産はひとつにごにょごにょ……」

「えっ? なに?」

「なんでもない。とにかく金は我が出すゆえ」

「じゃあそこで焼きそばを買って来なさい」


 唐突にそう言ったアカネちゃんを無未ちゃんがキッと睨む。


「お前に奢るとは言っていない」

「たかが焼きそばをケチるの? ブラック級ってずいぶん貧乏なんだね」

「お前に奢るのが嫌なだけだ」

「ドケチおばさん」

「ムキーっ! このクソガキーっ!」


 やいのやいの2人で言い争いを始める。

 このままではいつまで経っても食事にありつけない。


 俺は2人をそのままにして、出店へ焼きそばを買いに行く。……と、


「おっと」


 大柄な男とぶつかる。


「すいません」

「いいえ」


 俺の謝罪に振り返ったその大男は不気味なホッケーマスクを被っていた。

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