第193話 魔人ユンの思惑(ユン・シェンフォア視点)

 ……パーティが終わったあと、ユンは船の倉庫へと向かっていた。


 目論み通り反政府のクソどもを呼び込むことができた。

 あとは処分するだけだ。


 中国政府に逆らう者はすべて悪。

 悪は老若男女問わずすべて始末する。これは当然のことで正義だ。


 正義を執行するには強い力がいる。

 我が愛する政府を守るために得た力。この力があれば、我が愛する偉大な政府は世界をも支配できるとユンは固く信じていた。


 ユンが船の倉庫へ入ると、そこには礼をする部下数名と、数十人の人間が入った巨大な檻があった。

 入っているのは年齢も性別も様々な男女。共通しているのは反政府思想を持っているということと、その家族であるということだけだろう。全員が縛られており、目隠しをされて猿ぐつわを噛まされていた。


「さて、準備をするか」


 上着を脱いだユンは姿を3本角の魔人へと変化させる。


 決行は今夜だ。

 こいつらを魔獣へと変え、船に乗っている人間を皆殺しにする。


「猿ぐつわをはずします」


 ユンの意図を知った部下がそう声をかける。


「必要無い」


 魔獣を作るのに、必ずしも魔人の血を経口摂取させる必要は無い。要は体内に血を入れればそれでいいのだ。


 部下が開けた檻に入ったユンは、人差し指の爪で自分の腕を刺す。そしてすぐに抜き取り、自分の血がべっとりついた指を目の前にいる男の首へ差し込んだ。


「んんんーっ!!!?」


 猿ぐつわの奥からくぐもった声が響く。そして、


「ぐ、ぐぐぐ……があああっ!!!」


 人間だった姿が体毛を生やした四足の生き物へと形が変わっていく。やがて男はオオカミのような見た目となって咆哮をする。


「1匹目は成功だな」


 目隠しをされてなにが起こったのかわからない周囲の人間たちが、くぐもった悲鳴や咆哮を聞いて猿ぐつわの奥で何事かを呻く。


「次だ」

「んんぐううううっ!!?」


 次は女。次は子供。次は老人。


 誰であろうとユンは躊躇いなく、自分の血がついた指を人々へ刺し込んでいく。


 心の底から政府に忠誠を誓うユンにとって、反政府思想の人間もその家族も家畜以下の存在だ。魔獣へ変えてしまうことに躊躇いなどあるはずもなく、むしろ政府のために働けるのだからこいつらは自分に感謝するべきだとすら思っていた。


「……よし」


 全員の体内に血を送り込み、7割が魔獣化して3割はそのまま死んだ。半分ほどしかない確率で、7割も魔獣化できれば上々だろう。


「では今より正義を執行する。行け」

「ぐおおおおっ!!!」

「があああああっ!!!」


 咆哮を上げて魔獣たちが倉庫を走り出て行く。

 それを見送ったユンはゆっくりと檻を出た。


「集まれ」

「はい」


 倉庫に見張りとして置いていた数人の部下がユンの側へ集まってくる。


「見張りごくろうだった。政府を愛する君たちの忠誠心は賞賛しよう。ところで、この船に乗っている者たちが皆殺しになり、私と私の部下がすべて生き残るのは不自然に思われないだろうか?」


 そう問うと、部下たちは顔を見合わせ、やがてゾッとしたような表情をする。


「万が一にも、政府へ妙な疑いが持たれてはならない。我が愛する政府のためだ。君たちの死は無駄じゃない」

「ひっ……」


 逃げ出そうとした部下たちの首へ、血の付いた指を素早く差し込む。そして半分ほどは魔獣となり、残りは消えて無くなった。


「行け」

「がああああああっ!!!」


 そして先に出た魔獣と同じく倉庫を駆け出て行く。


「これでいい」


 ここは海の上。逃げ場はない。

 当初は船を沈めて始末するという方法を考えたが、それでは万が一の可能性で生存してしまうかもしれない。

 始末にはやはり魔獣を使うのが確実だ。魔獣を使って始末したのち、船底に仕掛けた時限爆弾を起動させて救命ボートで脱出する。そのあと偶然に通りかかったというていで政府の軍が自分を拾う。

 そして爆破によって船は沈み、あとにはなにも残らない。マスコミはこの事件をテロリストによる自爆テロと書き、自分もそのように証言する。


「完璧だ」


 この船に乗っている大物反政府活動家を始末すれば、奴を支持する政府の敵どもはだいぶおとなしくなるはず。


「このまま国内を固めて、やがてはアジアを支配。そしていずれは……くくっ」


 我が政府が世界を支配。その夢は目前へ迫っていた。


 デュカスに近づいて力を手に入れ、魔獣を使って我が愛する政府の敵を排除してきた。すべてうまくいっている。しかし、


「そろそろメルモダーガに気付かれるか……」


 今までは異形種の仕業ということにして国内で魔獣を使ってきた。だが魔獣は通常の異形種など比ではないほど強力だ。今は特定異形種ではと考えられているらしいが、魔獣の仕業であるとデュカスに知られるのも時間の問題とは思っている。


「何人かの魔人は金で私に従わせている。奴らを3本角にまで育てればデュカスもそうそう私には手出しできなくなるはず」


 メルモダーガに力を与えられた存在とはいえ、魔人など皆どこの馬の骨とも知れない寄せ集めの連中だ。自分を含めてデュカスに忠誠を誓っている者などほとんどおらず、単に自己の利益になるから従っているだけ。金などのほしいものを与えてやれば簡単に従わせることができる。


 しかしデュカスと事を構える気は無い。デュカスとは懇意に付き合って利用し、決して敵対してはならないというのが政府の方針だ。


 利用するには対等の力を得る必要がある。中国政府に従う魔人を少しずつ増やしていき、やがては最強の魔人を育て上げるのが自分の思惑であった。


 この考えをメルモダーガに知られれば自分は始末されるかもしれないが……。


「私は対白面の切り札でもある。勝手に動いているとわかったからと言って、簡単に私を始末することはできないだろう」


 白面は強い。強いからこそ、自分が持つこのスキルでしか奴を倒せない。だからこそメルモダーガは迂闊に自分を始末できないだろうとユンは考えていた。


「しかしあのジェイニーとミレーラが2人同時に殺されるとはな。だが、ジェイニーが殺されたのは都合が良い」


 奴のスキルは天敵であった。

 もしもデュカスが自分の始末に動き、奴を差し向けていたらと思うとゾッとする。


 しかしジェイニーはもういない。

 他にそれほど恐れる奴もいなかった。


 できればドルアンたちメルモダーガに従う魔人連中も殺してくれたら都合が良い。そうなればメルモダーガはますます自分に手出しができなくなるだろうとユンは期待するも、そうなんでもうまくはいかないとはわかっている。


「その前に白面の始末を私に命じてくるだろうな」


 そうなったら白面を殺すしかない。しかし奴は十分に魔人を始末してくれた。椿に羽佐間、ポタニャコフ兄弟をやったのも奴だろう。魔人の精鋭を6人も殺してくれたのならば上々である。


 ユンはほくそ笑み、そして思考を進行中の計画へと切り替える。


「さて、あとは救命ボートで脱出すればいいだけだが……」


 計画には懸念がひとつある。

 フランソワだ。奴を殺してしまうようなことがあれば、デュカスは間違いなく自分を始末するために動く。だが魔獣は人間状態であったも魔人は襲わない。だから殺してしまう心配は無いのだが……。


「放って置けば奴はこの件をメルモダーガに報告するはず。しかし」


 奴も心の底からデュカスに忠誠を誓っているわけではない。

 なにか奴の欲しがるものでも与えてやれば黙っているだろう。


「確か十代の処女を囲っているんだったか。ふん。だったらそういう女を何人かくれてやれば黙るだろう」


 心の醜い人間とは利己的で扱いやすい。

 欲しい物をくれてやればすぐに裏切る。


「度し難いな」


 自分は例え永遠の命を与えられても政府を裏切らない。

 そんな忠誠心に溢れる自分がなぜ魔人になり得たのか不明であった。


「しかたない。フランソワも連れて行くか」


 予定外だが、一応は仲間ということになっている。

 船が沈んだくらいでは死なないだろうが、フランソワへの攻撃と思われるようなことがあれば、デュカスは敵対行為と見なすだろう。そうなっては面倒だ。


 姿を人間へ戻したユンは、ため息を吐いてフランソワの部屋へ向かった。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 魔人ユンが殺戮に動き出しました。中国政府に従う魔人を増やしてデュカスと対等の力を得るのが目的のようですが、そもそもメルモダーガの力で魔人は作られるので対等は難しいでしょうね。ただ、魔人はメルモダーガの言うことしか聞かないという縛りがあるわけでもないので、雇って使うことはできそうです。


 フォロー、☆をいただけたら嬉しいです。

 感想もお待ちしております。


 次回は小太郎とアカネちゃんがついに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る