第41話 イケメン大学生の桜ノーマン

「ア、アカネちゃんっ!?」


 試着室の外ではアカネがじっとこちらを睨んでいた。


「ど、どうしてここに?」

「それよりも」


 アカネの目が俺から無未へとスライドする。


「再会したのはつい最近なのに、もうそんなに仲良くなったんだ?」

「えっ? いや、これはその……」


 状況に頭が冷えた俺は、理性を働かせて離れようとするも、無未はがっしりと俺を抱き締めて離そうとしない。


「な、無未ちゃん?」

「……」


 無未は俯き、なにも言わずに俺を抱き締めていた。


「別に離れなくてもいいよ。その人のことが好きなんでしょ?」

「そ、そういう関係ってわけじゃ……」

「アカネさん?」


 と、そこへ誰かがやってくる。


 イケメンの男だ。

 年齢はたぶん20歳くらいで、爽やかな雰囲気の男だった。


「えっ? どなた?」


 自然と俺の口から問いの言葉が漏れる。


「桜ノーマンって、前に話したでしょ。その人」

「あ……」


 確かアカツキとコラボしたいっていう大物VTuberだったか。

 まさか中身がこんな爽やか系イケメンだったとは。

 この外見からして間違いなく陽キャだ。陽キャ死ね。……いや、そんなこと思っちゃダメだな。うん。


「コラボの件で、ここの向かいにある喫茶店で会って話をしていたの」

「あ、それで俺たちが見えて……」


 この店のガラス窓から向かいの喫茶店の店内は丸見えだった。


「急に立ち上がって店を出て行ったので驚きましたよ。こちらの方はお知り合いですか?」

「まあ……ちょっと」

「そうですか」


 と、陽キャのイケメンやろ……君が俺を見る。


「お取込み中なようなので自己紹介だけ。僕はVTuber桜ノーマンとして活動している加賀木論土かがきろんどと申します」

「す、末松小太郎です。仕事は……まあ普通のサラリーマンです」


 なんだかすごい状況であいさつを交わしている。

 無未はまったく離してくれないし、しかたないのだが。


「加賀木さん、コラボの件だけど、お願いしようと思います」

「えっ? 本当ですか? それは嬉しい。ありがとうございます」

「ええ。それじゃあ戻って日取りなどいろいろ話し合いましょうか。このおじさんはとっても忙しそうなので、邪魔しちゃ悪いですからね」

「ア、アカネちゃんっ!」


 呼ぶとアカネはチラリこちらを振り返り、


「胸がでかければだれでもいいんだ。コタローは」


 ボソリそう呟き歩いて行く。


「ちょ、まっ……」


 行ってしまうアカネを追いかけようとするも、引き止めるように無未はますます俺の身体にしがみつく。


「無未ちゃん……」

「……ごめんね」


 一言、無未はそう謝る。


「小太郎おにいちゃん、あの女の子のこと好きなの?」

「す、好きかって……それは」


 大切には思っている。

 最初は若くてかわいくておっぱいが大きい女の子だからってだけだったけど……。


「なにも言わないで。小太郎おにいちゃんがああいう女の子が好きなのはわかるから。けど、わたしも小太郎おにいちゃんのことが……」


 その先の言葉は視線が代弁していた。


「お、俺は……」

「ふふ、ごめん」


 そう言って無未は俺の身体からスッと手を離す。


「焦り過ぎちゃった。まだ再会して間もないんだものね。うん。困らせちゃってごめんね。小太郎おにいちゃん」

「あ、うん……」

「けど覚えておいて。あんな若い子に小太郎おにいちゃんを渡す気無いから」

「え……いや、俺なんかそんな、たいした男じゃ」


 俺は普通のサラリーマンでおっさんだ。

 アカネや無未みたいな巨乳の美人が取り合うような男ではないと思うが。


「小太郎おにいちゃんは本当、昔から自分に自信が無いよね。小太郎おにいちゃんは、自分で思ってるよりずっと良い男性だと思うよ」

「そそ、そんなことないって」


 魔王だった頃なら自信も持てたが、力を9割以上も失った今の俺はそこそこ戦える程度のダンジョン探索者だ。たいした男じゃない。


「まあ小太郎おにいちゃんがそう言うならそれでもいいけど。というか小太郎おにいちゃん、あのアカネって子、高校生くらいじゃない?」

「そうだけど……」

「手を出したら捕まるよ」

「だ、出してないよっ」


 おっぱいの谷間に腕を挟まれたり、抱きつかれて身体におっぱいを押し付けられたりしたけど、揉んではいないからセーフだ。


「ふふ、そうだろうね。童貞の小太郎おにいちゃんがあんなかわいい子に手を出せるわけないもんね」

「いやあのその、ど、ど、ど、童貞じゃ……」

「抱きつかれて中学生みたいな反応したらわかるって」

「そ、そう……」


 こんな簡単に童貞だと見抜かれてしまうとは恥ずかしい。


「まあそう言うわたしも……」


 顔を近づけてきた無未が、俺の耳元で囁く。


「な、無未ちゃんっ」


 囁かれた言葉に顔がカッと熱くなる。


「ふふ、それじゃあご飯でも食べに行こうか。奢るから」

「あ、いやでも……」


 俺は向かいにある喫茶店へ目をやる。


 あの様子ではこれから謝りに行っても許してくれないような気がする。


 しばらく時間を置いたほうがいいかも。


 アカネに会いたかったのは謝るという目的もあったが、もうひとつあった。そっちの目的は遂げることができたので、とりあえずはよしとしよう。


「あの子が気になる? だったらもう止めないけど……」


 無未に寂しそうな目で見つめられ、


「いや、今日のところはいいよ」

「うん。ごめんね」

「なにも気にしてないよ。それよりご飯は俺が奢るから」

「いいよ。引き止めちゃったお詫びもあるし、わたしが奢るよ」

「でも女の子に奢られるのは男としてのプライドがね」

「けどわたしのほうが稼いでると思うよ」

「そ、そうだね」


 彼女はブラック級のハンターだ。

 稼ぎは俺などとはくらべものにならない。


 その後、三ツ星の高級レストランで食べさせてくれると言われた俺は、男のプライドを投げ捨て無未に奢ってもらった。

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