第9話 配信開始でダンジョンを進む

 ダンジョンへ入ったが、配信はまだ始まらない。


「どこから配信するの?」

「うーん、昨日はこのあたりからだったんだけど、コタローくらい強いならもっと深いところから始めたほうが盛り上がると思うんだよね」

「あ、あんまり過信されても困るんだけど……」


 昨日の感じからしてだいぶやれるとは思う。

 しかし今まで浅い階層で雑魚狩りばかりしてた俺は、深い階層にどれほど強い魔物がいるのか知らない。

 アカネのことは死んでも守るが、俺だって怪我はしたくない。大怪我をすれば入院しなければならない上、会社に副業がバレる。労災だって効かないから治療費だってかかってしまう。

 魔王だったころならともかく、9割以上の力を失ってクソザコになった今はあまり無理をしたくなかった。


「アカネちゃんはどうしてダンジョン探索するVTuberやってるの? こんなあぶないことしなくても、VTuberなら他にできることあるんじゃない?」


 あんまりVTuberにくわしくはないけど、たぶんダンジョン探索するのはもっとも命の危険があると思う。

 アカネは強くないし、こんな危険なことはしないほうがいいと無難に思う。


「他にもいろいろやった。けどダンジョン探索が一番受けがよかったってだけ」

「そ、そう」


 思ったより単純な理由だった。


「わたし人を楽しませるのが好きなの。あぶないのはわかってるけど、大勢の人に楽しんでもらえるなら危険を犯す価値はあるかなって」

「うーん」


 危機感の無さが若さって感じだ。慎重に生きてる30代の俺とは違う。

 昨日のことを考えると、いずれアカネは本当に危険な目に遭うかもしれない。


 誰かが守ってあげないと。

 けれど……俺は。


「じゃあ行くよコタロー」

「うん」


 雑魚をポコポコ倒しながらダンジョンの奥へ進み、やがてアカネは足を止める。


「この辺から始めようかな」


 と、アカネは背負っている鞄からなにやら機材を取り出す。


「なにそれ?」


 身を守る装備品? というには心許ない装備品をアカネは身体へ装着していく。


「これはモーションキャプチャーの機材。これを使えばアカツキに身振り手振りさせることができるってわけ」

「へー」


 口元には小さなマイク。肩には外部音声を取り込むためだろう大きなマイクを装着していた。


「それとこれも重要」


 そう言ってアカネはかけているサングラスを指差す。


「左側のレンズに配信中の動画を映して、書き込まれたコメントを閲覧できるの」

「ふーん。じゃあそのマスクも配信に関係あるの?」

「これは顔を隠すため。顔を晒してたらアカツキの中身がわたしだって身バレしちゃうじゃない」

「ああそっか」


 VTuberだもんな。

 身バレしたくないのは当然である。


「よし。準備完了。丁度、配信予定時間だし、始めるよコタロー」

「えっ? あ、う、うん」


 とはいえ、どうしたらいいかわからず、とりあえずアカネの横で姿勢を正した。


「はーいみんなこんばんわー☆アカツキちゃんネル始まったよー☆」


 始まった。ちょっと緊張。


「昨日は心配かけてごめんね☆でも大丈夫☆怪我も無いよ☆初見さんもこんばんわー☆今日もダンジョン探索やっていくからみんな最後までよろしくー☆」


 自分のスマホをタップして配信を見てみる。


 おお。アカネの挙動に合わせてアカツキが動いている。なんか感動。アカネのほうがおっぱい大きいから本人が動くとちょっと揺れて感動。


「今日も護衛の人がいるから紹介するね☆じゃーん☆」

「えっ?」


 急に額のカメラを向けられ、俺は慌ててスマホをしまう。


「えーと、じゃあ自己紹介お願いしまーす☆」

「じ、自己紹介って……」

「なんでもいいから☆」


 なんでもいいって。

 身バレできないんだしなにを言ったらいいか。


「うん☆昨日、あたしを助けてくれた人だよー☆頼んで護衛になってもらっちゃった☆名前はえっとー……白面さん!」


 白面さんて……。そのまま過ぎる。まあなんでもいいけど。


「ど、どうも白面です。よろしくお願いいたします」

「クラス教えてって☆」

「えっ? ク、クラス? クラスはこの通りストーン級のほぼ最下位です」


 俺は右手の甲をカメラに向ける。


「ちなみにあたしのクラスもストーン級のほぼ最下位だよ☆いつものみんなは知ってるだろうけど、初見さんもいるから教えておくね☆じゃあ護衛さんの紹介も終わったし出発するねー☆れっつごー☆」


 アカネが歩き出したので俺も一緒に歩き出す。

 ややあって魔物が出現する。


「さっそく魔物だ☆レッドゴブリンだね☆」


 レッドゴブリン。

 この階層ではまあまあ強い魔物だ。


 レッドゴブリンが棍棒を振り上げて襲い掛かって来る。


「っと」


 寸前まで迫って来たレッドゴブリンを右手で払う。

 と、首が消し飛んだ。


「って一撃っ!?」


 アカネが驚いたような声を上げる。


 昨日の感じだとこれくらいはやれると思っていたので俺に驚きは無い。


「そんな虫でも払うように倒せちゃうもんなのレッドゴブリンって!?」

「えっ? さあ? 初めて倒したから」


 今まではもっと雑魚を倒してたからわかんない。


「あ、また出てきた」


 今度は5匹くらいがぞろぞろ現れて一斉に襲い掛かって来る。


「よ、ほ、はっ」


 向かってきた奴らを連続で払って首を消し飛ばす。


 こいつらこんなに弱かったのか。

 ダンジョンの入り口辺りでスライムとかミニゴブリンを狩ってた今までが馬鹿みたいだ。


「あ、あっという間―☆白面さん強すぎ☆」

「そうかな?」


 魔王だった頃に比べれば全然だ。

 こんな程度の強さしかなかったら、あっちじゃ生き残れない。


 それからもう少し先へ進むと、


「あ、今度はトカゲーターだね☆あれはレッドゴブリンより強いよ☆」


 トカゲーター。

 ワニのようなトカゲのような、そんな外見の魔物だ。


 トカゲーターは見た目より俊敏に移動し、大口を開いて俺へ迫る。


「ん」


 下から顎を軽く蹴っ飛ばすと、トカゲーターは身体の半分が消し飛んだ。


「って、また瞬殺っ!?」

「うん」


 この辺の魔物なら怪我することはなさそうだ。


 順調に魔物を倒しつつダンジョンを進む。


 そろそろボス部屋に着くかな?


 次の階層へ進む階段のある手前の部屋にはその階層でもっとも強い魔物がおり、それをボスと呼んでいる。

 このボスを倒す実力が無ければ次の階層を攻略するのは難しいため、先へ進むかの判断をする指標とされているのだ。


 この階層のボスならばブロンズ級ひとりで倒せるくらいだとネットで見た。


「お、もうすぐボス部屋ってところでゴーレム出現だよ☆あれは……」

「ふん」


 ぶん殴って粉砕する。


 思ったより脆い。ボス部屋寸前の魔物でもこんな程度か。


「ゴ、ゴーレムってこんなに弱かったっけかなー? まあいいか☆ さあいよいよボス部屋だよ☆この階層のボスはえっとー……そうビッグウッドだね☆」

「ビッグウッドって、木の魔物か」


 だったら火があれば楽だな。

 火。火か……。


「じゃあもう行っちゃう? 白面さん?」

「あ、うん。行こうか」


 ちょっと試してみるか。


 できるかどうかはわからないが、やってみたいことがあった。


 俺が先を歩き、ボス部屋へと進む。


「あれかな?」


 紫色の巨大な木が蠢いている。


「あ、あれって……」

「えっ?」


 そういえばネットで見たビッグウッドって、紫色だったかな?

 確か茶色い普通の木みたいな色だったような。


「レ、レアボスっ! タイラントウッドだよあれっ!」

「レアボスって……たまに出る強いボス?」

「そうそう☆タイラントウッドだとシルバー級でもきついって☆」


 じゃあ昨日のサソリと同じか弱いくらいだろう。

 ならたいしたことはないか。


 こちらに気付いたタイラントウッドが木の根をうねうねと動かして迫って来る。


「ど、どうする白面さん? 一旦、出直す?」

「いや、えっと、大丈夫」


 俺は右手を見下ろす。


「できるかな? でももしかしたら」


 想定よりも強い力が残っている。だったら。


 タイラントウッドへ右手を向ける。


「出せるか? うん……この感じなら」


 瞬間、俺の右手から火炎の大玉飛び出す。そして……


「ぎゅえええええええ!!!」


 タイラントウッドを燃やす。

 燃え盛る火によって身体を焼かれた木の魔物は叫び声を上げ、あっという間に黒こげとなって消失した。


 炎の魔法。

 こちらの世界で使う場面が無かったので今まで試そうとも思わなかったが、どうやら魔法を使うことはできるようだ。

 しかし以前よりだいぶ弱い。力の9割以上を失っているのだから当然だが。


「な、なにさっきのーっ!?」


 俺の背後でアカネが叫ぶ。


 あ、いかん。


 こっちの世界に魔法は存在しないんだ。

 なんて説明したらいいかな?


「あ、スキル? スキル使ったのかな?」

「スキル? あ、ああ」


 なんかレア素材で作った装備にはスキルという特殊な能力がつくとか、ネットで見た気がする。


「そ、そうスキル。スキルで出したんだよ」

「けどどの装備? それっぽい装備は見えないけど?」

「え、えーっと……」


 答えに窮する。


「えっ? あれ?」

「む……」


 そのとき、アカネの額にあるカメラと外部音声を取り込むマイクが消失する。

 いや消失したんじゃない。盗られたんだ。


 俺は離れた場所へ視線を移す。

 そこには右手にアカネのカメラとマイクを握った皇隆哉がいた。

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