第2話 ダンジョンで魔物を狩る
この世界にはダンジョンという魔物の生息する穴がある。
俺がそこへ行くのは、魔物の落とす素材が目的だ。
魔物の落とす素材はダンジョン探索に必要な武具やアクセサリーを作るのに使用されることはもちろん、傷や病気を治す薬、そのほか日用品の材料などあらゆるものになる大変便利なものだ。
要は魔物を倒して素材を手に入れてそれを売って金を稼ぐのだ。
探索者や魔物ハンターと呼ばれる者たちはダンジョンへ赴き、そこで手に入れることができる魔物の素材を売るという仕事をして生活している。
俺は専業の探索者ではなく副業だ。
魔物を倒して金を稼ぐ。
誰とも関わらなくていいので、陰キャの俺には気楽な副業なのだ。
しかし会社は副業を禁止しており、バレたらまずい。
特に小田原に知られたらなにを言われるか。
想像しただけで嫌な気分になる。
俺が異世界へ行く前はダンジョンなどなかった。
しかし戻って来てみればダンジョンは大昔からあって、存在することが当たり前の世界になっていたのだ。
この世界は俺が生まれた世界とは少し違う。
違うが、ダンジョンがあること以外は前と変わらない。理由は気になるが、まあいいかとそのまま生活していた。
ダンジョンは世界各地にあり、いずれも最深層まで至った者は無い。底へ行けば行くほど魔物は強くなり、一説では最深層に至った者がいても魔物に殺されて戻って来れていないだけとか。
過去や未来にも繋がっているという噂もあり、過去や未来の人物に会ったという探索者もいるらしいが、それは都市伝説として認知されている。
俺はダンジョンの浅い階層で魔物を倒して素材を集める。
浅い階層なので魔物は弱い。
かつて魔王だった俺がなぜこんなに弱い魔物ばかりを相手にしているのか?
それには理由がある。
異世界からこちらへ戻って来る代償に、俺は力の9割以上を向こうへ置いてくることになってしまったのだ。
つまり今の俺はクソザコ。ダンジョンの深い階層には強力な魔物がうようよいるらしく、そんなところへ行けばすぐに殺されてしまうだろう。
ここで細々とスライム退治をしているのが無難だ。……とはいえ、向こうで全力を出して戦ったことなどないので、9割以上と言ってもどれだけの力を失い、どれくらいの力が残っているか正確にはわからない。
魔王の力などこちらでは無用なので試すつもりもないが、9割以上も失ったのなら一般人と変わらないくらいにはなっているだろう。
しかしダンジョンに現れる魔物は俺の行っていた異世界にいたものとはだいぶ違う。向こうで魔物と呼ばれる存在はもっと強かった。向こうと同じ魔物だったなら、今の俺では倒すことなどできなかったろう。
このダンジョンという場所ではなぜかテレビゲームに出てくるような魔物が出現する。スライムとかゴブリンとかオークとか……見たことはないがドラゴンもるらしいが、なぜゲーム世界の魔物が実在するのか謎だった。考えてもわからないので、考えないようにしていた。
同じような探索者が俺よりダンジョンの奥へ進んで行く。
皆、かなりの重装備だ。中には銃火器を持って奥へ進む者もいる。剣1本だけの俺とは違う。
みんな俺より強いんだろうな。
当然だ。
9割以上の力を失っている俺より弱いわけがない。
最近はダンジョンを探索しながら、ネットで配信をしている人らもいる。素材の収入に加えて、配信での収入も得られるので一石二鳥だが。
俺には無理だな、陰キャだし。
しゃべるのは苦手だし、目立ちたくない。
誰かと組めば効率もいいだろうが、陰キャなのでそれも無理。
ひとりで細々と魔物退治をして素材を集めるしかないのだ。
「おいあれ、シルバー級1位の
「うん?」
探索者たちがひとりの男に注目を始める。
シルバー級1位皇隆哉。
凄腕の魔物ハンターだ。
とはいえ、上にはブラック級、プラチナ級、ゴールド級などがあり、シルバー級はその下でさらに下にはブロンズ級、ストーン級がある。
級と順位は意識を集中すれば右手の甲に浮かび上がり、魔物を倒したときの映像をハンター管理センターで見せれば昇級する。
クソザコの俺はもちろんストーン級だが、そもそも昇級する気が無い。
昇級をすれば護衛を依頼されたり、上級クラスハンターのチームに勧誘されたりハンターを殺して素材を奪うハンターキラーの討伐を依頼されたりと、金儲けに繋がることはできるが、そうなれば有名人になって目立つ。
陰キャの俺は目立つのが嫌だから昇級するつもりは無い。
まあ今の俺はクソザコだからいずれにせよたいして昇級はできないだろうし、良くてもブロンズ級くらいか。
俺のクラスはストーン級でも最下位に近い。そんな俺からすればシルバー級1位の皇隆哉は怪物みたいなものだろう。
「うん? 皇隆哉って……」
この名前、どこかで聞いたような気がする。
シルバー級1位の有名人だからじゃない。もっと身近で聞いたような気が……。
「一緒にいるのは誰だ?」
「探索仲間か? 女の子みたいだけど?」
皇隆哉の前を背の低い、けれど胸の大きな若そうな女の子が歩いていた。
髪は肩まで伸ばした金髪で顔はわからない。マスクとサングラスで隠していた。
彼女は額にカメラをつけ、撮影をしているようだが。
「探索系VTuberの護衛じゃないか? あの子の額についてるカメラで視点の光景を撮影しながら、キャラクターに声を当てて配信するんだよ。身体につけてるセンサーで動きとかもつけれるらしいぞ」
なるほどそういうことか。
VTuberのことはよく知らないが、いろいろ考えるものである。
「うん? お前……もしかして末松小太郎か?」
「えっ?」
不意に近づいてきた皇隆哉に声をかけられる。
「末松だろ? お前、生きてたんだな。ははっ、死んだかと思ってたよ」
「ああ」
思い出した。
皇隆哉。中学の時に俺をいじめてたクソ野郎だ。
「お前、中学卒業したあとに高校行かないで引きこもって自殺したんじゃねーの? なんで生きてんの?」
「……」
俺はなにも答えない。
こんな奴としゃべる舌など無い。
「皇さん、そろそろ始めるけど」
「うん? ああ。けっ、変わってねーなお前。毎日、俺に小突かれてたときと一緒で暗くて気持ちわりーの」
俺に捨て台詞を吐くと、皇は女の子のもとへ戻って行く。
「はーい☆VTuberのアカツキだよ☆今回はなんとシルバー級1位の探索者、皇隆哉さんに護衛を頼んでずんずん奥まで進んじゃうよ☆いつもは浅いところで断念しちゃうけど、今日はなるべく深いところまで行っちゃうから期待しててね☆」
配信が始まったようだ。
顔は見えないが声からしてだいぶ若い。十代くらいじゃないかと思った。
「それじゃあ皇さん☆みんなにあいさつしてもらっていいかな?」
「ええ、構いませんよ」
皇隆哉が女の子……アカツキの前に立つ。
「シルバー級1位のイケメンハンター皇隆哉だ。僕が一緒だからなにも心配することは無い。アカツキさんのファンは安心して配信を見ていてくれ」
キザったらしく髪をかき上げてそう言った皇隆哉は、カメラへ向かって親指を立てる。
「きゃー皇さんかっこいいーっ!」
「イケメーンっ!」
女の子ハンターたちが皇に黄色い声を浴びせる。
確かに奴はイケメンだ。自分で言うだけはある。
俺とは違う陽キャのイケメン。
しかし性格は最悪のクズだと俺は知っていた。
「皇さんありがとうございまーす☆それじゃあずんずん進んじゃいましょー☆れっつごーごーごー☆」
右手を突き上げたアカツキが、皇隆哉を伴ってダンジョンの奥へと進んで行く。
「そういえば昨日、この階層に異形種が現れたんだっけ?」
近くにいたハンターのひとりが仲間にそんな話をする。
異形種とは通常の魔物とは違う強力な魔物のことだ。
魔物は普通、自分のいる階層から出てこない。しかしこの異形種は違い、深層から浅い階層へ移動して来ることがあり、弱い探索者には恐怖の対象である。
そして異形種が他の魔物ともっとも違う部分が、ダンジョンの外へ出ることができるという点だ。異形種は何度かダンジョンの外へ出て行ったことがあり、そのたびに多くの被害を出している。
「ああ。目撃されたって情報はあったな。けど異形種が現れたら国家ハンターが討伐に来るはずだから、もう討伐されたんじゃないか?」
国家ハンターとはダンジョン内で警戒警備ををする公務員だ。主にハンターへ害を及ぼすハンターキラーの逮捕、ダンジョンの外へ出ることがある異形種たちの討伐を役目としている。
しかし国家ハンターの実力はほとんどがシルバー級かブロンズ級らしく、深層ではあまり頼りにならない。なので強力な異形種が出現した場合は高ランクハンターに依頼をして討伐をしてもらっているらしい。
「討伐されたのか。なら安心……」
「う、うわあああああっ!!!」
そのとき、ダンジョンの奥から悲鳴が聞こえる。
奥へ向かったはずの探索者たちが慌てた様子で駆けて来て、出口のほうへと逃げて行く。
どうやらなにかあったようだが……。
「お、おいどうしたんだ?」
俺の近くにいたハンターのひとりが、逃げてくる男を捕まえて事情を聞く。
さっきの銃火器を持って奥へ進んだ者だ。
「い、異形種だっ! 異形種が出たんだっ!」
「異形種だってっ!?」
「ああっ! サ、サソリみたいなでかい魔物が天井から落ちて来て、銃弾もロケットランチャーも効かないっ!」
銃弾もロケットランチャーも効かないとは。
だいぶ頑丈な異形種のようだ。
ここへ来ないうちに、俺も早く逃げたほうが……。
「あ、あいつものすごい速さで……確か配信している女の子のほうへ向かって行ったような……っ」
「女の子って、あの皇隆哉と一緒にいた子か?」
「たぶん。急いで逃げて来たからどうなったかはわからないけど」
「皇隆哉と一緒なら大丈夫か」
そう男が言ったとき、
「だ、だめだ勝てないっ!」
その皇隆哉が必死の形相で奥から逃げ出してきた。
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