第36話 状態異常は無効。魔力は無限

 泣いている無未の頭を撫でていると、アカネが側へとやってくる。


「あ、ごめん、配信の途中だったのに……」

「ううん。もう終わったから」


 と、アカネは仮面のカメラ部分を指差す。


「カメラ付けといてよかった。配信盛り上がったし」

「えっ? あっ……そうだったっ!」


 仮面にカメラが付いていたのだとすっかり忘れていた。


「ど、どうしよう……。名前とか呼ばれてたし、顔ももしかしたら」

「ああ、それは大丈夫。装備を破壊したところで配信は終わらせたから顔も映ってないし呼ばれた名前も入ってないよ」

「あ、そ、そう」


 それはよかったとホッとする。


「その人はなんで泣いてるの?」

「えっ? いやその……」


 なんでだろう? 俺と再会して嬉しいから……じゃないか。再会はついこのあいだしているし……。


「こ、怖かったんじゃないのかな?」

「怖かったって、その人ブラック級でしょ? しかも大人なのに」

「大人でも怖ければ泣きたくもなるさ。しかも女の子なんだし」


 頭を撫でる俺の前で無未ちゃんはまだ泣いている。

 よっぽど怖かったんだろうと思う。


「ふーん」


 こちらを見るアカネの目は刺すように鋭く感じた。


「あいつ、すごい痛がってたけど、コタロー毒のスキル使える装備なんて持ってたの?」

「いや、あれは毒の魔法だよ。自分の身体を毒にまみれさせて触れた相手に毒を与えるの。あいつの蜘蛛糸は毒を通すようになっていたみたいだから、本来とは少し違う使い方になったけどね」

「ま、魔法? というか、自分の身体を毒にまみれさせて平気なの?」

「通常は自分も毒で苦しみつつ、相手に毒を移す魔法なんだけど、俺は魔王だから毒とか状態異常は効かないんだよね」


 なんでかは知らないが、魔王とはそういうものらしい。


「そうなの? なんか納得できないけど、それよりも魔法ってなに? コタロー魔法なんて使えるの?」

「うんまあ、一応、魔王だったしね」

「それってどうやって使ってるの?」

「身体の中にある魔力を変換して使うの」

「魔力? なんでコタローの身体にそんなものがあるの?」

「なんでって……。魔力は異世界の食べ物を食べてると身体に蓄積されて回復するらしいけど」


 そんなことを向こうの連中が言っていた。


「えっ? じゃあコタローはどうやってその魔力を身体に蓄積させてるの? 異世界の食べ物は食べれてないのに」

「俺は魔王だから魔力は無限なんだって、向こうに召還されたときに言われた」

「ええっ! 無限って、じゃあむちゃくちゃ強いじゃない?」

「強くないよ。こっちへ戻って来る代償に力の9割以上を向こうに置いてきたんだから。思っていたよりは力が残ってたけど、以前に比べればクソザコだよ。こっちの上級ハンターのほうがぜんぜん強いって」

「いやさっきコタローが倒したそのおっさん、プラチナ級とか言ってなかった?」

「まあ、たいしたスキルじゃなかったし、たまたま運良くプラチナ級までいった人なんだよきっと。でなければクソザコになった俺がプラチナ級に勝てるはずないからね」


 無未ちゃんを助けるために勢いで飛び出てしまったが、相手が弱くて本当によかった。虫わらわらが怖かったけど。


「コタローは自分の力をもっと正確に理解したほうがいいんじゃない?」

「してるつもりだけど?」


 そう言う俺を見てアカネは肩をすくめる。


「それはそうと魔王様、護衛対象を置いて行くってどういうこと? わたしもあぶない目に遭っていたかもしれないんだけど?」

「あ、ああごめん。でも」


 アカネの足元を指差す。

 そこには薄ぼんやりと光る小さな玉が飛んでいた。


「えっ? なにこれ?」

「それには俺の力の一部が籠ってて、危険があればアカネちゃんを守ってくれながら、俺にその危険を知らせてくれるんだ」

「ふぅん」


 かつてよりはだいぶ弱まっているが、一時≪いっとき≫だけならアカネを守ってくれると考えはなっておいた。


「でも本当にこんなので大丈夫なの?」

「大丈夫だと思うけど……」


 大丈夫か聞かれるとちょっと心配になる。

 と、そのとき、


「て、てめえよくも……」


 尻を突き上げて気を失っていた小田原が目を覚まし、手を伸ばした先にあったアカネの足首へ触れた。


「げふぉおっ!!」


 立ち上がろうとした小田原の腹へ、アカネを守る玉が抉り込む。

 ふたたび尻を突き上げた状態になった小田原は、そのまま動かなくなった。


「まあこれくらいはやってくれるみたい」


 以前の俺なら、一部でも国を滅ぼせるくらいの力はあったが、今は弱体化してクソザコなのでこんな程度だろう。


「これも魔王の魔法なの?」

「うん。前はもっと強力だったんだけどねー」


 人差し指を手前に引くと、光の玉は俺の身体へと吸い込まれていった。


「ま、魔王とか魔法って……」


 静かに泣いていた無未ちゃんがボソリと呟き俺を見上げる。


「どういうこと? 小太郎おにいちゃんが魔王とか、魔法が使えるとか、なんかわけわかんないよ」

「あー……それはねぇ……」


 別に隠しているわけでもない、

 俺は自分が行方不明のあいだどこでなにをしていたのかを無未ちゃんに話す。


 まあ恐らく信じてはくれないだろうけど……。


「そうなんだ」

「信じられないよね」

「ううん。信じる」


 真剣な眼差しでそう答えた無未を前に、俺は目を丸くする。


「えっ? し、信じてくれるの? こんな荒唐無稽な話?」

「うん。だって本当なんでしょ?」

「まあ……」

「じゃあ信じる。小太郎おにいちゃんの言うことだったら、わたし信じるから」

「う、うん」


 艶っぽい目で見上げられ、小太郎はやや困惑する。


「小太郎おにいちゃん、あの、わたしその、教えてもらった電話番号を消しちゃって……だからまた教えてくれる?」

「えっ? ああ、いいけど」


 なんで消したのかはわからないが、また教えてほしいというならそれを拒む理由はなかった。


「えへへ、ありがとう。ごめんね」

「いや、別にそんな……」


 無未ちゃん、本当におっぱいが大きくなったなぁ。アカネちゃんよりも少し大きいかも。Hカップ? いやIカップはありそう。

 ドレスの胸元から見える巨乳の谷間が魅惑的でついつい目線がそこに集中しちゃって……。ナイスおっぱい。巨乳は正義。


「コタローっ!」

「は、はいっ!」


 大声で呼ばれて振り向くと、不機嫌そうなアカネがジトリとこちらを見ていた。


「ア、アカネちゃん?」

「ふん。その人とずいぶん仲がいいんだね」

「まあ、古い知り合いだからね」

「どうでもいいけどっ!」


 なんだかわからないけど、アカネちゃんはすごく不機嫌であった。


「じゃあその人と仲良く帰ったら? ここからならわたし1人でも帰れるし。それじゃあねばいばい」

「えっ? あ、ま、待って。まだ危険かもしれないし出口まで送るから」

「必要無いしっ!」

「ア、アカネちゃんっ」


 なにか怒らせることをしただろうか?


 足早に行ってしまうアカネのあとを、俺はついて行った。

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