第4話 別れ
わたしは生まれてからずっとここ、北倉市に住んでいる。
自慢できるようなものは何もないけど、ほどほどに都会で緑もあって、何より思い出の全てがここにある。だから離れるのは本当に辛かった。
萩野高校を卒業する最後の日まで、みんなで笑い転げたり、泣いたりしたかったな。
ママの涙の懺悔を聞いてから、転校の手続きとか、友達と学校への挨拶、引っ越しの準備などに追われてあっという間にここを離れる日が来てしまった。
仲のいい友人達がこの前の日曜日に盛大にお別れパーティーを開いてくれて、写真もいっぱい撮ったし、プレゼントや手紙まで貰った。
だから、出発の日は来なくていいとみんなに念を押しておいた。別れを言うのも言われるのも、ほんと嫌いだ。それでも、引っ越しの当日に二人来てくれた。
「今日は来なくて大丈夫って言ったのに」涙声になってしまう。
「向こうに着いたら連絡してね」
「うん。ありがとう」
この前のパーティーで散々泣いたのに、三人で抱き合いながらやっぱり泣いてしまった。わたしの乗った車が見えなくなるまで彼女達は手を振ってくれていた。
荷物を積んだ引っ越しのトラックの後を追うようにして、高速道路をドライブ。
助手席の窓から見える景色が、高いマンションやビルから低い建物になり、やがてその間隔もまばらになっていった。色も変わっていく。コンクリートやセメントの灰色から、山や森や田園の緑色にまるで紙芝居を見ているみたいに、流れるようにすり替わっていく。
同じ空の下にいるはずなのに、なぜか雲の切れ間から所々見える青色も鮮やかになっていく気がした。
こんな田舎じゃ星は凄くきれいに見えるだろうな。それだけは唯一、良かったことかもしれない。
空を見上げるのは昔から好きだった。
自分の存在を小さく感じられるから。もの凄く広い宇宙からみたら砂粒のような地球という惑星の中の、小さい国の平凡な女子高生の悩みなんてどうでもいいことのように思える。
この際だからずっと欲しかった天体望遠鏡でもおねだりしちゃおうかな。そんなに高くないものないなら、ママの罪悪感につけこんで今なら買ってもらえるかもしれない。
夏休みにこんなふうに自然豊かな場所に、家族でキャンプとかに来たことが何回かある。あの時はすごく楽しかったし帰る時には、もっとここに居たいって思ったけれどわたしはもう幼い子供じゃない。
数日の旅行なら楽しいのに、もうここに帰ってくることがないのかと思うと淋しい気持ちが込み上げてきた。
外の空気を吸いたくなって、助手席の窓を全開にする。空気が驚くほど冷たくて、亀のように思わず首をすくめた。でも火照った頬に当たる風がひんやりと気持ちがいい。
この場所が今朝まで居た場所と同じ季節とは思えない。
あっちではもう夏でもきたかと思うくらいの暑さだったのに。
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