第5話 新天地①

引っ越し先の上芝市はその周りを山岳地帯に囲まれ、駅を中心に大型ショッピングモールがあるだけで、のんびりとした田舎町だ。



 リビングでの大事件の数日後、住む家を探すために一度ママと訪れた。

特に都会が好きという訳でもないけど、こんな辺鄙な場所で、学生達は放課後何をして遊ぶのだろうと疑問に思うほど何もなくて、がっかりした。

 


 わたしが通うことになる森徳学園は上芝市の隣の市にある男女共学の私立高校。家から一時間くらいかかる。本当はもう少し高校に近い場所が良かったけど、隣の市は上芝市よりずっと都会で、家賃もかなり高くママが断念。



 三月も終わりだというのに道端や畑にまだ雪がかなり積もっていた。寒いってだけで憂鬱になる。この様子じゃ春はまだずっと先かな・・・・・・ため息をついて窓を閉めた。



 友達に見送られ高速に乗ってから、もう六時間以上は経っていた。

ハンドルを握りしめているママに眼をやると、さすがに疲れてる顔をしていた。

眼も充血して、何度もあくびをしてる。


「大丈夫? ちょっと休憩する?」

「上芝市に入ったから休憩せずにこのまま行くわ。多分、ここから一時間はかからないと思うから」


 ママの言葉通り、高速を下りてから四〇分くらいでマンションに到着した。

もうすでに荷物を乗せた引っ越しのトラックは到着していた。



 マンションのエントランスにはブルーの養生シートが貼られ、会社名が大きく印刷されたジャンパーを着たスタッフ達がトラックの荷台から荷物を運び始めている。

 


 何時間も四角い箱の中に押し込められてすっかり固まった体を、両手を上げ思いっきり伸ばして解放する。寒気が一気に押し寄せてきて、ぶるっと震えがきた。

見上げると、低い雲が垂れ込め空はどんよりとした鉛色。今にも雨が降り出しそうだ。



 五階立てのクリーム色のマンションを見上げる。今日からここがわたしの家だ。

パパがいないので、戸建てより何かと安心できるという理由でこのマンションを選んだ。幸運にもちょうど最上階の部屋に空きがあって、その日にママは契約した。



 駅からはちょっと遠いけれど、自転車で数分の所にスーパーや雑貨、クリーニング店などが入ったごく小さなショッピングモセンターがあるから生活するには不便ということはない。昨日までいろんな用事でずっとバタバタしていて、なんだか疲れがたまっていた。ゆっくり休む間もなく、明日から学校が始まる。



 ママ曰く、森徳学園は創立百五十年以上にもなる古い学校で、伝統校ということもありもともと人気はあったらしい。数年前に大規模なリフォームをして、校舎も制服も新しく変わってからは、さらに人気も高くなったそうだ。



 萩野高校であれ森徳学園であれ、とにかく目立たず平穏に学校生活を送る、というのがわたしの一番の目標。ひとりっ子で兄弟ケンカを経験せずのんびりと育ったわたしが、まわりと争うことなく穏やかに過ごすことは、人生においていつでも最重要事項だ。



 無駄のない動きであっという間に荷物の運搬と家具の設置が終わり、引っ越しの業者は引き上げていった。夕飯はコンビニでお惣菜を買って適当に済ませることにした。ママも長時間の運転で疲れていたし、わたしも明日からのことを考えると食欲がなかった。



 人見知りのわたしがまた一から友達作りをしなくちゃならないことを考えたら、ほんと嬉しくて涙がでそう。ただでさえ友達関係は固定化されてて、部外者というだけの理由で忌み嫌うのが女子の世界なのに、高二で転校生のわたしと友達になってくれる人がいるのだろうか。



 隣の席になっても、一度嫌だと思ったら眼も合わせないくらいシビアな世界だ。

わたしはおとなしい性格ではないけれど、初めて会う人、初めての場所、初めてする事、全部緊張するし苦手なことだ。



 ママにそう言うと『初めて』は誰にでもあるんだから緊張する必要はないでしょ、で終わり。正論だけど、ママとわたしはそもそも性格が全然違う。ママは超前向きで社交的。かつ物怖じもしないタイプ。


 

 無人島でひとり助けを待ってる時、近くを船が気がつかずに通りすぎても、大丈夫、待ってればそのうち次の船が来るでしょって、魚でも焼きながら言うだろう。

わたしは正反対。人見知りだし社交的でもない。初めてのことには尻込みするし、くよくよ悩む方だ。もし船が気がつかずに通り過ぎたら、魚は喉を通らず間違いなく一週間は立ち直れない。

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