第18話 彼の正体
一ヶ月もすると少しだけ余裕ができた分、いろいろなことが見えてきた。
まず学級委員の直井くん。男女問わずクラスのみんなから好かれている。誰にでも親切で、爽やかなイケメンときてる。栗色の髪に人懐っこい笑顔。人気があるのも頷ける。
時々、休み時間に他のクラスの女の子が数人で来るけど、あれは直井くん目当てだと二人が教えてくれた。
直井くんと仲がいい大崎くん川辺くんは明るく元気。特に大崎くんはクラスのムードメーカー。いつも明るく彼らの周りには笑いが絶えない。
おそらく、地球上の大部分の女子という生き物がそうであるように、Bクラスの女子達もグループがきっちり決まっていて、それ以外のグループの子とは積極的に交わろうとしない。それぞれの関係性や力関係は、今のところ注意深く観察中。
分かりやすい男子と違って女子の世界は、眼に見えないところで、地下の大木の根っこみたいにこんがらがっていたりするから、もう少し時間を要するところ。
昼休みを告げるチャイムが鳴った。チャイムに連動するようにわたしのお腹も鳴る。美咲とはづきという二人の友達が出来てから、昼休みが楽しみになった。
四時間目の授業が終わると、生徒達はそれぞれのお気に入りの場所に散らばり、わたし達は外に向かう。最近は少しずつ暖かくなってきたから、風がなくて天気のいい日はもっぱら外で食べる。
ちょうどいい木陰を見つけて、きれいに刈り揃えられた芝の上にシートを広げる。この場所が学校ではなく、着ているものが制服でなかったらまるでピクニックだ。
森徳の校訓の一つが『絆』で、それに基づいて校舎がリフォームされたらしい。
だから座ってコミュニケーションをとれる場所が、校舎のいたるところにある。廊下はかなり広くて窓側にはベンチのようにどこにでも座れるようになっているし、ポケットと呼ばれるちょっとしたテーブルと椅子が置いてあるスペースも設置されている。
こうしてお弁当を食べる所も多い。学食が食べられる食堂はもちろん、バルコニー、テラス、あちこちに置かれているベンチ。敷地が広いから芝なら無限にある。その日の気分によって食べる場所を変える人もいるし、お気に入りの場所でずっと、という人もいる。
あの日以来、例の男の子を見ることはなかった。
ぶつかった後、その場から離れるまでほんの数分。白昼夢でも見たかのような出来事。この世のものとは思えないほどキレイな男の子だったから、もしかしたら本当に夢なのかも。
学校の周りにどこまでも広がる森に住む妖精とか。いや、でも妖精のようなそんな可愛い感じじゃないか……あの鋭い視線は、人を喰らう恐ろしくも美しい森の主の方がぴったりくるかも。
とにかく、学校生活が忙しく過ぎていく毎日の中でも、心にずっと引っ掛かっているのは確かだ。痛いというほどではないけれど、ふと思い出したように気になりだす喉に刺さった魚の小骨みたいに。
衝撃的な出来事だったけど、彼はあの日のことなんてとっくに忘れているだろう。わたしの存在感なんてレースのカーテンより薄いもの。
「冬ちゃん、どうしたの? さっきからぼ~っとして」
「え?」
はづきの声で我にかえる。はづきはちょっと天然で、マイペース。彼氏とアニメをこよなく愛する女子高生だ。
「さっきから唐揚げ、ずっと箸で挟んだままだけど。いらないなら食べちゃうよ」
「食べる、食べる」慌てて唐揚げを口に放りこんだ。
はづきが本気で残念そうにしてるから、弁当箱のご飯の上に一つ置いた。
「ありがと」早速、美味しそうに唐揚げを頬ばりながらはづきが訊いた
「なんか深刻な顔してたよ」
「そんな顔してた?」
「うん。何か考え事?」
そっか、二人に訊くってこともありだった。口が堅いし信用できる。
森徳は生徒の人数は多いけどあれほどの顔立ちなら絶対に目立つし、違う学年だとしても知ってる可能性は高い。
美咲はすでにお弁当を食べ終わって、いつもお昼寝用にと学校に置いてあるバスタオルをくるくる丸めて枕にして、寝転んでいる。
「悩み事じゃないんだけど、ちょっと気になってる人がいるんだ」
「なになに? 冬ちゃん、もう好きな人できたの?」はずきが身を乗り出してくる。
「そんなんじゃないんだけど、わたしが転校してきた日にね、廊下で思いっきりぶつかっちゃった人がいるの。でね、その男の子ものすごく背が高くてカッコよくて……もしかしてそんな人知ってる?」
わたしの横で眼をつぶりながらも、たぶん、聞き耳をたてているであろう美咲とはづきの顔を交互に見た。美咲が目蓋を閉じたまま素早く答える。
「高下」
はづきもうんうんと、頷いた。どうやら二人とも同じ答えらしい。
「それって誰?」
「間違いなく高下蓮だと思うよ。髪がちょっとくしゃっとしてて背が高くて、あり得ないほどイケメンだったでしょ?」
今度は目蓋がぱちりと開いて、美咲が確信を持ったように言う。
「そうそう!」
ズバリ彼の特徴を言い当てたことに興奮して、思わず声が大きくなる。
自分以外の誰かとあの男の子の話ができるんなんて。
「こんなことなら、二人に早く訊いとけば良かった」わたしは呻いた。
少なくとも彼は森の主なんかではなく、現実にこの森徳に存在していた。
「誰に訊いても分かると思うよ。この学校で高下のことを知らない人はまずいないから。ちょっとぶつかっただけなのに、冬桜はずっと気になってたの?」美咲が訊く。
「なんていうか、大人びてて独特な雰囲気があって……一度見たら忘れられない顔だもん」
「それは認める。ああ見えてタメ」美咲が言った。
「うそ?!」わたしは眼をしばたたいた。
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