第17話 二日目

転校して、二日目。

昨日より多少遅いけれど、それでもかなり早めに家を出た。

時間ギリギリで焦るのは嫌だし、みんなが来る前に教室に着きたい。



今日はどんな一日になるんだろう。女の子と話せるかな。

外を眺めながらぼんやりと考えていると、バスに乗り込んで三十分ほど経ったところで、緑のブレザーの背の高い男子生徒が二人乗ってきた。

眼鏡をかけた男の子の後から乗ってきた子が、見たことのある顔だと思ったら、直井くんだった。すぐにわたしに気がついて、笑顔で近づいてきた。


「おはよう」


わたしの横に来て、つり革を掴む。


「直井くん、家がこの辺なの?」嬉しい偶然に、声が弾む。


「ここから十分くらい。吉野さんはどこから乗ってきたの?」


「ショッピングセンターの近くのバス停」


「そっか。あの辺に住んでいるんだね。それにしても早くない?」


「そういう直井くんもかなり早いと思うけど」


「それもそうだ」わたしに指摘されて直井くんは、穏やかに笑った。


「僕は少し早めに出て、学校でいつも課題とか勉強をやってる。夜はなかなか出来なくてさ。朝の学校は静かだし」


「いつもこのバス?」


「もっと早い時もあるけど、大体このバスかな」


「わたしはそのうちもっと遅い時間になりそう。朝寝坊だから」


「なるほど」小さく笑いながら頷く。


学校までの道のりを直井くんと歩く。昨日は座って話すことがほとんどで気が付かなかったけど、こうして隣に並んで歩くとすごく背が高い。


「昨日はよく眠れたみたいだね」


「うん、すごくよく眠れた。今日は授業中の居眠りについては心配なさそう」

直井くんは声をあげて笑った。


「もし寝たら、また起こしてあげるよ。課題は終わった?」


「なんとかって感じかな。数学はまだ習ってないから、分からないとこも結構あって」


教室にはまだほんの数人だけで静かだった。


「これ、昨日の課題プリント」


「見てもいいの?」


「急いでやったから、合ってる保証はないけど」そう言って、プリントを差し出す。


「ありがとう」


 直井くんは、さっそく机の上に問題集をひろげた。わたしも直井くんの課題プリントをひろげて、出来なかったところを照らし合わせる。ちらりと横を見ると、直井くんは真剣な表情で数学の問題を解いていた。



 まさか初めての友達が男の子になるなんて想像もしてなかった。

二年生で転校なんてツイテナイと思ってたけど、転校して早々、直井くんと友達になれたわたしはツイテル。

未来はいつも不確定で、流動的で、曖昧で、良いことも悪いことも、今のわたしの部屋のようにごちゃごちゃだ。



 そうはいっても、今日は勇気をだして話さないと。男子ではなく女子とだ。幸いにも今日の二時間目は体育がある。体育は男子と女子が別々だから、女子と話すチャンスも大いにありそう。

 


 一時間目が終わり、着替えのため更衣室に向かう。場所がよく分からないから誰かについていこうと思ってたのに、トイレに入っている間に女の子達の姿が見えなくなってしまった。

 


 着替えの鞄を持ってウロウロしていると、ショートカットの女の子が更衣室はこっちだよ、と教えてくれた。更衣室でジャージに着替えた女の子達について行く。校舎から続く廊下の先にある体育館はもの凄く広かった。一体、バスケのコートが何面あるんだろう。

 


 昔からわたしの運動神経は壊滅的と言ってもいいくらいだけど、体を動かすのは嫌いじゃないし、体育の授業はむしろ好きな方だ。クラスの体育委員に従って背の順で二列になり、体育座りで先生を待っている。


「始めま~す」


 どっから声が聞こえるのかと思っていたら、先生が後ろの扉から入ってきた。

派手なショッキングピンクのぴったりとしたパンツに黄色のポロシャツ。眼がチカチカする。髪は短く、パーマをかけていて四十代前半くらいの女の先生だ。

軽い準備運動をした後、先生が次の指示を出す。


「じゃあ、次は隣とストレッチ~」


 みんな隣と二人組になって、ストレッチを始める。

ちらりと隣を見ると、さっきトイレの前で更衣室の場所を教えてくれたあの女の子だった。黒髪のショートではつらつとした雰囲気。友達になれたら楽しそう。



 わたしはためらいがちにその子の方に体を向けた。

ふたりで顔を見合わせる。わたしが言うより早く彼女は自己紹介した。


「私、森下美咲。よろしく」


「吉野冬桜です」


「それは知ってる」彼女はにっと笑った。


 

 女子の世界とは不思議なもので、それまで転校生のわたしに距離をとっていたのに、一旦話して仲良くなり始めたら、極限まで伸ばして手から離れたゴムのようにその距離は一気に縮まる。逆もまた然りだ。その日の帰りのホームルームまでには、美咲、冬桜、とお互い呼び合うようになった。



 ホームルーム後に、美咲はわたしのところにひとりの女の子を連れてきた。

髪がセミロングでパーマなのかくせっ毛なのか、緩くカーブを描いている。

美咲はうつむきか加減のその子にほら、と肘でわき腹をつつく。


「近藤はづきです。よろしくお願いします」おっとりした口調で言って、深々とお辞儀した。


「吉野冬桜です」わたしもつられて深いお辞儀を返した。


「冬の桜でとうかって読むんだよね。じゃあ冬ちゃんって呼んでもいいかな?」


わたしは頷いた。とりあえず、今日の最大のミッションは大成功と言っていい。いっぺんに二人も友達ができたのだから。

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