第19話 高下蓮
「同級生に見えないよねぇ、あのルックスと身長は。高校生というより、どうみても大学生か大人だよ」やっとお弁当を食べ終わったはずきが同意する。
「どんな人なの?」できるだけさり気ない口調で訊いた。
寝転んでいた美咲が、とうとうむくりと起き上がった。
「一言で言うと森徳で一番有名。入学式のその日から学校中の女子生徒がまぁ、その話題で持ちきりで騒がしいったら。二、三ヶ月間は同じ学年の女子はもちろん、先輩達でさえ一目見ようと教室に押しかけてたよ。下校時間には校門の前で、他校の生徒が待ち伏せしていることもしょっちゅうある」
「・・・・・・彼女はいないの?」思わず勢いで、訊いてしまった。
「それが不思議なんだけど、いないんだよね。学校中の女子の憧れの的だけど本人はどこ吹く風って感じ。みんな告白しまくってるのに、連戦連敗。最近では他校に彼女がいるんじゃないかとか、もしくはそもそも女の子に興味がないんじゃないかという噂まであるくらい。確かに浮いた噂は聞いたことないし、その可能性もあるかも」淡々とした口調で美咲は説明した。
「バレンタインデーとかクリスマスなんていう恋する乙女にとっての一大行事なんて大変だよ。すごい行列なの。渡すのを待ってる間に、誰が渡すかの順番でもめ事が起こって先生が止めに入ったこともあったみたいだよ。その上、スーハイで、スポーツ万能だからね」はづきが補足する。
「スーハイって?」
「スーパーハイクラス」
言いながら、美咲はピンと伸ばした人差し指を真上に向けた。
わたしは美咲の指が刺している方向、つまり空を見上げる。もちろん、頭上には雲ひとつない青空が広がってるだけだ。
「いや、冬桜、空じゃなくて。私達の教室の上ってこと」美咲の軽いツッコミ。
「どの学年もAクラスだけ四階にあるの。この学校の最上階。入試の時にある点数以上とればAクラスになるんだよ。学校はその点数を公開していないけど、少なくとも四五〇点以上ってことは確か。いやもっとかも。全員、超難関国立大を目指すクラスでスーパーハイクラスって呼ばれてる」
そういえば、森徳学園のパンフレットにそんなことが書いてあったかもしれない。
「あのクラスだけは毎日八時間で、授業内容もずっと高いレベル。私たちが三年かけて勉強することを一年半くらいで終わらせて、後はひたすら受験勉強だけ。部活にも入れないし。部活する暇があったら勉強しろってことだね」
美咲は眉をしかめて頭を振った。
「一年に一回、Aクラスを決めるテストがあるんだよ。通称下克上テスト。Aクラスであっても成績が振るわなければ下の階に落とされるの。逆に上位に入れたら、私達の中からでもAクラスに上がれる。本人が希望すればだけどね。勉強だけやらされるなんて私なら絶対嫌だけどな」
私も同感。三年間部活もできず、勉強だけなんてアオハルが泣く。
「高下のファンクラブまであるんだよ」
「えっ。それって本人も認めてるの?」
「いや、勝手に作っただけで高下の許可なんてないよ。ちやほやされたり、騒がれるの嫌いみたいだし。うちのクラスの久家春香って子いるでしょ。あの子がファンクラブ副会長。いつも数人の取り巻きを従えて、高下のこと追っかけてる」
美咲は水筒に手を伸ばした。
彼にまつわるエピソードを聞けば聞くほど、凄すぎてため息が出る。
「みんな言ってることだけど、高下くんてどこか謎めいてるよね。だからいろんな噂があるんだよね。もの凄い大金持ちで油田をいくつか持ってるとか、どこかの国の王子様とか。あ、あと実は人間じゃなく、あまりの美しさに神々に嫉妬されて地上に堕とされた堕天使だとか言う人もいるんだよ」
飲み物をぐびぐびと飲み始めた美咲に代わって、はづきが説明してくれる。
女子高生の頭の中は、奇想天外だ。
でも、謎めいてると言われればまさにその通りだと思う。
あの群を抜いた美しさ。そして昔から美しいものは決まって、神秘のベールに包まれてるものなのだ。
「で、本当のところは大金持ち? 王子様? 堕天使?」
「それがね、誰も知らないみたいよ。家族構成だとかどこに住んでいるのかとか、詳しい話は同じクラスの人もファンクラブも知らない。何回か高下の後をこっそりつけていった子達もいるみたいだけど、途中で必ず撒かれるらしい」
「撒かれるって」美咲の刑事ドラマみたいな言い回しに、吹き出した。
中学の時にもそういう子がいた。謎めいてはいなかったけど、カッコよくて勉強ができて運動ができて、という三拍子そろった男の子。一度同じクラスになったことはあったけど、わたしとは何の接点もなく、話すこともないまま卒業した。平凡なわたしは昔から華やかな人とは縁がない。
少なくとも名前と大まかなことは分かった。高下蓮。そして信じがたいことに、わたしと同じ高二。
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