第20話 冷血人間
「ちなみに、森徳にはもう一人有名な人がいるの。吉武万華って言うんだけど、気品があって美人だから、みんなから女王って呼ばれてる。で、彼女も高下と同じクラス。真偽のほどは定かではないけれど、その女王さえも高下の前に見事に散ったという噂だよ」
昼寝用のタオルをくるくると丸め、教室に戻る準備をしながら美咲は説明した。
「高下くんは誰にも落ちないね」はづきが言った。
そろそろ昼休みが終わりの時間だ。
「・・・・・・冬ちゃんもしかして彼のこと狙ってる?」
はづきがわたしの左腕をつんつんと人差し指でつつく。
「あ、一目惚れだ」
「違う、違う」ぶんぶん両手を振る。
いつものんびりなはづきが、好奇心と恋の気配に瞳をきらきらさせてわたしを見る。
「実はぶつかった時、ものすごい眼で睨まれちゃって。前を見ていなかったわたしが悪かったんだけどね。だからどんな人なのかってちょっと気になってただけ」
確かにカッコいいのは認めるけど、あんな眼で人を睨む人に惹かれたりはしない。彼氏はやっぱり優しい人じゃなくちゃ。
「優等生であのルックスだからモテるけど、はっきり言ってあいつは性格に問題ありだと思う。去年同じ委員会だったけど、不愛想だし、終始不機嫌な顔して誰とも話そうとしてなかったもん。印象は最悪」
「友達とかいないのかな?」わたしは訊いた。
「Aの友達に聞いたけど、同じクラスの人達とは、普通に仲良いみたいだよ」
と、はづき。
「Aクラス以外のバカとは話す価値もないと思ってるタイプなんだよ、きっと。それに絶対、冷血人間だよ。だって、告白されて、女の子達に何て言うか知ってる?」
「・・・・・・何て言うの?」ごくりと喉を鳴らした。
まるでわたしが告白した女の子みたいに、緊張した面持ちで美咲の言葉を待つ。
「一年の時、一緒のクラスの子の話なんだけどね、その子ずっと高下のことが好きだったけどなかなか言えなくて。ついに勇気をだして告ったの。ずっと前から好きでした、付き合ってくださいって。そしたら、すっごい冷めた眼で『言いたいことは、それだけ?』って言われたんだって。それが勇気を出して告白した女の子に言う言葉? 血も涙もないよね。好きな人にそんな風に言われたら、私なら立ち直れない」
美咲は心底、同情した口調で言った。
「そ、それで?」はづきが訊く。
「それでも何も終わりだよ。告白に対する返事は何もなし。その一言だけ言い放って、さっさと行っちゃうんだって。もはやサイコよ、サイコ」
血も凍るような場面を想像して、背筋が寒くなる。
あの時のような恐ろしい視線で、見下ろされながら言われるんだろうか。それではひとたまりもない。大好きな気持ちもその一言でぺしゃんこだ。振られただけでもつらいのに、誠意の欠片も思いやりもない。
「そういうことだから高下はほんとおすすめしないよ。好きになってもつらいだけ」
美咲がわたしの肩をポンポンと叩く
「ほんとに、そんなんじゃないってば」きっぱりと否定した。
「それならいいけど」まだ疑いの眼を向けてる。
「でも、そんな怖い人ならわたしはまだ運が良かったのかも。ぶつかったのに、睨まれただけだもん」
「一体どんな眼だったの?」
二人が前のめりになって訊いてくる。
あの眼をはっきりと思い出すことはできても、ふたりに上手く説明はできそうにない。ちょっと考えてわたしは自分の両眼を思いっきり斜め上に引っ張った。
「こんな眼」
三人で弾けるように笑った。
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