第21話 救いの手

今日の6時間目は、新入生を迎えての初めての始業式。 

Bクラスは廊下で背の順に並んで待機している。


「校長先生と挨拶と生徒会長の話を聞くためだけに全校生徒で集まるなんて、こんな時代にナンセンスだよね」美咲がぶつぶつ文句を言う。



 確かに、学校の「式」がつく行事で退屈じゃないものはない。それでも午後の授業での睡魔と戦いになるよりはまだましか、と思い直す。

最近はだいぶ学校生活にも慣れてきて緊張感が薄れてきたせいか、授業中うっかりうたた寝しそうになることも珍しくはなかった。

 


 いてて……しくしくと下腹部が痛んだ。憂鬱な生理二日目。

中学の時は生理の度に、痛みと貧血で保健室によくお世話になってたから、保健室の先生とはものすごく仲良くなって、卒業式の日には抱き合って泣いたんだっけ。

高校生になってから生理痛はいくらかはマシになったけど、それでも時々鎮痛剤を飲まないと耐えられない程痛む時もある。


「冬桜」列に並んでいる美咲が振り返る。


美咲はわたしの前の前。二人とも前から数えた方が早い。


「さっきお腹が痛いって言ってたけど大丈夫?」小声で訊いてくる。


「今はそこまでじゃないんだけど、これ以上ひどくなったらどうしよう・・・・・・。全校集会で途中で抜けたら、絶対目立つに決まってるもん」


美咲は少し考えて提案する。


「じゃあ、先生にわけを話して、列の一番後ろに並ばせてもらえば? そうすれば抜ける時も、さっと行けるでしょ。私が先生に話してくるよ」


わたしの返事も聞かずに、美咲は渡辺先生のところに行き耳打ちしてる。

美咲がにっこりしながら戻ってくる。


「オーケーだって。列の一番後ろに並んでいいって」


「ありがとう」美咲の行動力にはほんと感心させられる。


「体育館に移動するわよ~。ほら、そこの男子、ふざけない!」

渡辺先生が大きな声を張り上げる。


トイレに行っていた生徒が戻ってきて揃ったところで、列の先頭から歩きだす。


 体育館の後ろから入り、ステージに向かって左から、一年、二年、三年と順に並び始めている。二年生はすでにほとんどのクラスがすでに整列していた。

それにしても凄い人数。前の高校の何倍だろう。

体育の授業中、広すぎると思った体育館だったけど、さすがに全校生徒が入ると狭く感じる。



 隣のAクラスはまだ来ていなかった。

そうだ、Aクラスと言えば、例の男子、高下蓮のクラスだ。

そんなことを考えているうちに、Aクラスの生徒達もぞろぞろと横に並び始めた。背の順で言ったら、彼は間違いなく一番後ろだろう。もしかしたらすぐ近くにいるのかもしれない。

気にはなったけど、振り向いたらなんだかあの眼と鉢合わせしそうで、後ろは振り向けなかった。



 新たに赴任してきた先生の紹介と、生徒会長による歓迎の挨拶。

それから、校長先生の話が始まった。

さっさと終わることを期待したけど、一向に終わる気配はない。話しが長いというのは、どこの学校の校長先生も同じ。全国共通。



 下腹部の痛みがかなりひどくなってきた。やっぱりさっき痛み止めを飲んどくんだった。スカートの上から右手でお腹をぐっとおさえる。

お願いだから、早く終わって。

お臍の下あたりが、差し込むようにきりきりと痛い。立ってるのも辛くて、前後左右にた揺れてしまう。



 やっぱりだめだ。ムカムカして気分も悪い。校長先生の話が終わったところで、そっと抜けて保健室に行こう。


斜め後ろにいた大崎君が、わたしの異変に気が付いたのか、小声で訊いてくる。


「なんかさっきからふらふらしてるけど、どこか具合でも悪いの?」


「ちょっと気分が悪いだけ。でも大丈夫」

緊急事態だと言ってもいいくらいだったけど、平然を装って答えた。



痛みとともに貧血もひどくなってきたのか、体育館の薄茶の床に描いてあるバスケやバレーのカラフルな線が3Dの映画のように浮かび上がってきた。


――これはダメかも。

 

そう思った直後、世界がぐわんと大きく揺れて、立っていられずとっさに座り込んだ。こんな所で無様に倒れることだけはなんとしても避けたい。

大崎くんは、青ざめて座り込んだわたしの体を支えてくれた。


「大丈夫か?吉野、顔が真っ青だぞ。保健室に行こう」


周りの生徒がざわざわし始めた。女の先生が駆け寄ってきた。


「だいぶ、顔色が悪いわね」先生がわたしの顔をのぞき込む。


「保健室まで歩けそう?」


頷いたものの、床が回る感じと強烈な痛みが繰り返し襲ってきて、立ち上がることもできそうにない。


「腕につかまって」


見かねた大崎君がわたしの腰に腕を回し、支えてくれた。立ち上がろうとした瞬間、すぐ近くから低い声がした。


「オレが連れて行きます」


・・・・・・誰かは分からないけど、聞き覚えのある声。


誰であれ、担がれながら強制的に体育館退場なんてまっぴらごめんだ。


「そうね、あなたなら力がありそうね。お願いできるかしら?」

 

痛みで声を出せないわたしの代わりに先生が勝手に同意する。


「じゃ、保健室に行きましょう。高下くん、よろしく」

 

その名前を聞いて、ほんの一瞬だけ痛みが遠のき固まる。

 

高下? 高下ってまさかあの高下蓮?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る