森の住人②

森の中に入ると枝や葉が日光を遮り、さわやかな風が吹いている。春にはまだ頼りなかった柔らかい薄緑の葉は、太陽の光をたくさん浴びてい力強い深緑に変わっていた。美咲を先頭にして、同じ太さの三本並んでいる木の場所から入り、はづきとわたしもそれに続く。

ぽっかりと丸い形に開けた場所。いつ見ても不思議な空間。


「誰もいなーい。ほんと気持ちいい」美咲が大声を出した。


日陰でさっそんあくシートを広げ、お弁当を食べながら三人で話し始めた。誰もいないから、周りに気がねすることなく大声で話せる。

はづきはつい最近彼氏と喧嘩した話しを、美咲は部活の人間関係の悩みを。

わたしは万華さんとテラスで話したことを。


「え~っ。すごい。さすが万華さん」はづきは感心したような声を出した。


「いやはづき、どっちの味方なの?」美咲がつっこむ。


「ごめん、ごめん。もちろん冬ちゃんだよ」はづきがわたしの方を向いて舌をペロッと出した。


「まあ、確かになかなかできることじゃないよね。だって、冬桜と高下はつきあってるんだよ。それなのに、私、好きなのであきらめません、なんて彼女に向かってなかなか言えないよね」美咲が厳しい顔で向き直る。


「これは冬桜、うかうかしてらんないよ。本当に」


「分かってる。わたしもかなり焦ってるの。あの万華さんがライバル宣言したんだもん」


ため息をついた。

だってルックスも、スタイルも、頭も・・・・・・考えたくはないけどすべて完敗。


「冬ちゃん、大丈夫だよ。だって高下くんの彼女は冬ちゃんだよ」

落ち込みを隠せないわたしを慰めてくれる。


「そうなんだけどね・・・・・・二人に言ってなかったことがあるんだけど」とわたしは切り出した。


「実は告白した時にね、お互いまだよく知らないから、期間を決めて付き合うのはどうかなって蓮から提案されたの。二学年の終わりまでって」


「なにそれ?」と美咲。はづきも眼を丸くしている。


「その時が来てもお互いがまだ好きなら、この関係を続けていこうって」


「・・・・・・もし、そうじゃなかったら?」はづきが訊いた。


言葉にするのをためらった。

「振られちゃうんだよね。きっと」唇を噛んだ。


わたしが心変わりすることは、絶対にないと断言できる。だからこの関係が終わる時がくるとすれば、振られるのはわたしだ。


「あの時は、嬉しすぎて考えられなかったけど、最近ちょっとそのことについて考えるんだ。蓮は何でそんなこと言ったんだろうって。だって普通、これから付き合うって時に、期限なんて決めないよね」


「確かにそんなこと聞いたことない・・・・・・」美咲は首を傾げた。


「でしょ。わたしのことが頭から離れないなんて言ってたけど、本当は大して好きじゃないのかなって思ったり、長く続けていく自信がないから、最初から期限付きなのかな、とか。悪い方ばかりに考えちゃう」


「高下を信じてないの?」


「信じてないって言うより、自分に自信がないんだと思う。実際、釣り合わないって思うもの」正直に告白する。


「ごめん。せっかくピクニックに来たのに、なんだか湿っぽくなっちゃったね」


気分を変えようと持ってきたチョコ菓子の袋を開けた。


「きっとさ、高下くんのことだから何か考えがあって、期限をきめたんじゃないかな。少なくとも冬ちゃんの考えてるような理由じゃなくてね」


はづきは、いただきまーす、とお菓子に手を伸ばして口に放り込んだ。


「高下くんが冬ちゃんを見つめる時、どんな眼してるか知ってる?」

わたしは頭を振った。


「冬ちゃんが好きで好きでたまらないって言う眼。みつきがわたしを見つめる眼と同じ」そう言ってはづきは楽しそうにふふふと笑った。


「結局、のろけね」美咲が言った。


わたしもつられて笑う。



おしゃべりに夢中であっという間に時間は過ぎていた。空高く昇っていた太陽は、気が付くと傾き始めていた。昼間はどこかへ行っていた鳥達が森に帰ってきて集まり始める。見上げると、鳥の大群が様々な黒い模様を描きながら上空を飛んでいた。



森の奥から風が吹いた。木々を揺らし、葉擦れの音が広がり森がざわめき始めた。人間は帰れ、とでも言ってるように。

こんな深い森に人間が立ち入れるのは太陽が空にあるうちだけだ。

陽が完全に落ちたら、この深い森は獣の、闇にうごめくものの世界になる。



「さて、暗くならないうちにそろそろ帰ろうか」

美咲も不穏な気配を感じたのか言い出した。

「さっきの林先生の話、思い出しちゃった」



学校に向かって、森の道を帰りながらはづきに保健室でのことを美咲が説明した。

話しに夢中になっているふたりの後ろを、もやもやとした気持ちでついていく。


蓮はわたしのどこが好きなんだろう。

本人に訊いてみたいとも思うけど、その勇気はない。


今までに男子に何人か告白されたことはあるにはあったけど、特にもてるというわけではないし、目立つわけでもない。

でも蓮は違う。森徳で間違いなく一目置かれる存在だ。


蓮の短所を考えてみるけど、見つからない。一見クールだけど、とんでもなく優しいし。まあ、あるとすれば怒ると結構・・・・・・いや、もの凄く怖いってところだけ。



その時、後ろからザザッという音が聞こえて振り向いた。

風に揺れた葉擦れの音?

気のせい・・・・・・?

木々の間から何かがこっちを見てるような気がして、慌ててふたりの背中を追いかけた。

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