森の住人①
週末は快晴だった。今日の部活は午前中。午後は各自お弁当を持参して、森の秘密の場所で三人でピクニックの予定だ。
最近の下駄箱の事件で落ち込んでいるわたしを、二人が励まそうと計画してくれたみたい。
・・・・・・でもさっきから生理痛で、弦バスの練習を中断し、十時過ぎから保健室に来ている。
鎮痛薬を飲んで大分楽になったので、薬品棚の在庫チェックをしている林先生の仕事をぼんやりと眺めていた。
作業の手は止めないまま、ふいに顔だけわたしの方へ向けた。
「吉野さん、痛みはどう?」
「随分楽になりました」
「顔色も戻ったみたい。毎回、生理が重いのも大変ね」
「この前は貧血の症状もあったし、今までで一番酷かったと思います。あの時はもう自分で歩くことができないほどだったから・・・・・・」
「ああ、そういえば、高下くんが吉野さんのことを運んでくれたのよね」
林先生が言った。
「彼は有名人だから、あの後みんなからかわれたりしたんじゃない?」
先生はほほ笑んだ。
「そうですね。からかわれたと言うより・・・・・・すごく羨ましがられました」
肩をすくめながら思わず口許がゆるんだ。
「ああ確かに。彼は人気あるからねぇ」
顎に手を当てながら、先生はしみじみ言った。
「彼にまつわるいろんな噂も聞いたことありますか?」
「もちろんよ。彼の噂なら私の耳にもいろいろ入ってくるのよ。聞いてないのに、保健室に来る女子生徒達が教えてくれるんだから。告白されてフラれたっていう話がほとんどだけど。・・・・・・あ、そう!」
思い出したように先生が声を一オクターブ上げた。
「真偽の程は分からないけど、高下くんに彼女ができたってこの前誰かが言ってたのよね。もしかして、吉野さんはその噂知ってる?」
まるで生徒みたいに、眼をきらきらさせて関心を示す林先生に、思わず苦笑いした。
なんて言おうか迷っていたところに、失礼しまーすと大きな声が響き、美咲が開け放したドアから入ってきた。
「具合どう?」
「うん、もう大丈夫そう」
「ほんと? 調子悪いならこのまま帰ろうか?」
「痛み止めが効いてきたし、もう大丈夫。せっかくお弁当持ってきたんだから、行こうよ。はづきは?」
「下で待ってる」
「あら、この後どこかにお出かけするの?」林先生が手を止めて訊いてくる。
「この後ピクニックに行くんです。流行りのおしゃピクってやつです」美咲が答えた。
「学校の近くの公園?」
「公園じゃないんですけど、すごくいい場所があるんです。実は学校からすぐの森の中に三人の秘密の場所があるんですよね」
「なんだか楽しそうだけど、大丈夫? 今の季節は熊もでるわよ」
「そんなに奥じゃなくて、ほんとに入ってすぐの所です」
「そうなの? でも森に行くなら気をつけた方がいいわよ。あそこの森は出るらしいから」先生が意味ありげに声を潜めた。
「何が出るんですか」わたしは訊いた。
「得体の知れないもの」
意外にもオカルト系にめっきり弱い美咲が隣で固まる。
「もう二、三年前になるかな。夕方、数人の男の子達が森に遊びに入ったんだけど、木々の間をもの凄い速さで動く得体の知れない生き物を見たって、顔を真っ青にして保健室に逃げて来たの。私はちょうど、帰るところだったのだけれど」
「猪とか熊とか大きい動物じゃないんですか?」
わたしは訊いた。
「私も同じこと訊いたんだけど、確かに二本足だったって」
美咲がわたしの腕をぎゅっと掴んだ。
真剣な顔で話していた先生の顔が、だんだんにやけてきて、ついには吹き出した。
「先生~! 驚かせないでください」
美咲は抗議の声を上げた。
「ごめん、ごめん。でも作り話じゃないのよ。その子の見間違えだとは思うけど。とにかく森は熊もでるし、暗くなる前に帰りなさいね」
は~い、と三人同時に返事をした。
さようなら、と先生に挨拶して保健室を出る。
昇降口ではづきが待ちくたびれたような顔で座っていた。
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