宣戦布告


「わたしも今来たところです」


「この後は部活って言ってたわよね。まだ時間は大丈夫?」


「十分くらいなら」おずおずと答えた。


「私もこの後まだ授業があって、時間があまりないの。呼び出しておいて申し訳ないけど、手短に言うわね」


森徳でAクラスだけはこの後も授業がある。

彼女は背筋をピンと伸ばした。


「私が蓮のことを好きだっていう噂、吉野さんは聞いたことある?」

予想はしていたけど、やっぱり蓮のことだったか。

わたしは頷いた。


「知っているなら、説明はいらないわね。回りくどいのは苦手だから、単刀直入に言います。私ね、この学校に入ってからずっと蓮のことが好きだったの。正直に言うなら、蓮を一目見た時から。もちろん、今はあなたが彼女だということもよく分かってる」



彼女が意図的に使ったのかは分からないけど、わたしの鼓膜に『今は』という言葉がひっかかる。



「この学校であなたが蓮の彼女だということを知らない人は、ほとんどいないわね。森徳で一番有名な蓮と付き合っているあなたは、蓮の次に有名人よ。だけど私は蓮を諦めない。というか諦められないの。それだけ言いたくて。こそこそするのは嫌だし、あなたが蓮の彼女だとしても、好きでいるのは私の自由だと思うの」


「・・・・・・それが言いたかったの?」

ちょっと驚いた。


てっきり久家さん達と同じようなことを言われるのかと思っていたから。

相応しくないとかって。


「ええ」


万華さんは大きな瞳を伏し目がちにして薄く笑った。花びらがふわりと風に揺れたような美しさ。わたしから見た彼女はいつだって自信に満ち溢れてる。


「これも聞いたことがあるかもしれないけど、私、一度蓮には告白してるの。振られちゃったけどね。でもそれくらいで引き下がらない。諦めが悪い性質たちなの。蓮に振り向いてもらうまで、頑張るつもり」



真っ直ぐで熱い宣誓布告だ。

はっきりと話してくれた彼女に対して、わたしも逃げずに気持ちを伝えいと思った。それが礼儀だと思ったから。


「万華さんと蓮は仲がいいし、噂も知っていたから実はずっと気になっていたの」

正直に言った。


「でも今日、万華さんの気持ちをはっきり聞けて良かった。知り合った期間は短いけど、わたしも蓮を想う気持ちは誰にも負けないつもりです。自分に自信があるわけじゃないけれど、わたしも全力で受けてたちます」

きっぱりとわたしは言った。



スポーツの試合じゃあるまいし、受けてたつって言っても何をするのかよく分からないけど、とにかく美人を目の前にしてこんなこと言い切るなんて、以前のわたしなら絶対にできなかったことだ。

万華さんは面食らったようだったけど、すぐに満面の笑みが広がった。



「じゃ、お互い正々堂々と頑張りましょ。これで私もこそこそしないで蓮にぶつかっていけるわ」彼女の視線は揺らぐことはない。


口先だけの強がりではなく、自信に満ち溢れた表情。


「じゃ教室に戻るわね。今日は時間を割いてくれてありがとう」


爽やかにお礼まで言われて、受けてたつと言ったことを早くも後悔し始めていた。


でも今日はっきりと分かったことがある。少なくともあの紙を下駄箱に入れた犯人は万華さんじゃないってことだ。

面と向かってまっすぐに自分の想いを述べる人が、あんな卑怯なことをしたりはしないはずだ。



次の日も、その次の日もわたしの下駄箱には小さな紙が入っていた。

しばらくは『別れろ』が続いたけど飽きたのか、次第にバリエーションが増えていく。


『ブス』『身の程知らず』『厚かましい』『図々しい女』『消えろ』など様々だ。

そして今日はまた新しい言葉が加わる。


『死ね』


これはさすがに堪えた。一体いつまで続くのだろう。

毎朝これを見てから一日が始まるのは嫌だけど、他に酷い嫌がらせは今のところはないのがまだ救いかも。



帰る時には入ってないから、犯人は朝早く来て置いていくのだろう。

それなら誰よりも早く登校して、待ち伏せすれば犯人を特定できるのかもしれないけど、そうすれば犯人と対面しなければならない。

突き止めたい気もする一方で、もし自分の知っている人だったらと思うと怖じ気づいてしまう。


結局、今朝も悶々としながら教室に向かう。

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