鬼族②

「同じ鬼でも見た目は違うのね」



「ああ。人間たちはオレ達を一口、二角、三つ眼と呼んで区別していた。人間を一口で飲み込むほどの鋭い牙を持つ鬼、二本のツノがある鬼は二角、三つ眼はザクロのことだ」


「ちょっと待って。眼が紅いからザクロなんでしょ。なんで三つ眼って呼ばれるの?」

漫画のキャラクターみたいに、額にもう一つの眼があるところを想像して、ゾッとした。



「紅くて独特だけど眼は二つだよ。だがザクロは見た目以上に他の鬼とは異なる」


「何が?」


「人間にも善人と悪人がいるように、鬼にも善良な鬼とそうでない鬼がいる。人間の歴史や物語では、鬼はほとんどが悪者として登場する。人間が暮らしている村に鬼が襲ってくる話や、悪さをする鬼を退治する物語の類だ。だが、それはむしろ人間の一方的な視点で必ずしもそうではないんだ。鬼は確かに感情の起伏が激しい一面もあるし、中には悪い鬼もいるが、ほとんどの鬼は山や森で静かに暮らしていた。必要な分だけ動物を狩って食べて、家族を作り子供を育てる。暮らしは人間とそう変わらない。

だがザクロは違う。ザクロは鬼の中でも残忍で狡猾なんだ。例外はあるけどね。同族の鬼でさえ、理由もなく襲ってくる。奴らは獲物を狩るんだ。食べるためにじゃなく、純粋に狩るという行為そのものを楽しむ。何にせよ、ザクロに会ったら全力で逃げるしかない。もっとも逃げられるなら、の話だけどね」


「そのザクロも人間になりすまして生きているの?」


「ああ、生きてる」


「たくさん?」


「ザクロに限らず鬼は世界中にいる。数は人間よりはずっと少ないけどね」


「信じられないような話ね。鬼があちこちにいるなんて」


「確かにザクロには注意した方がいいけど、ほとんどの鬼はまっとうに生きてるから、理由もなく人間に危害をくわえるようなことはしないさ」


「蓮は最近、鬼に会ったことはあるの?」


「もちろん。定期的に集まって情報交換をしてる。それ以外で最後に会ったのは確か四年くらい前だったかな。そいつは危険な考えの奴だった」


「危険な考えの奴って?」


「人間に危害を加えることを厭わない、ということだよ」


「もし鬼に会ったら蓮は鬼だと分かる?」

蓮は少し考えてから、慎重に答える。


「イエスでもありノーでもある。見た目では鬼と人間は区別はできない。そういう意味では会っても分からないからノーだ。鬼だっていう名刺でももらわない限りはね。完璧に人間に成りすましている場合は特にだ。ただし、自分が鬼であることを敢えて隠そうとしない奴もいる。そういう奴は会った時に、大体分かる。人間には分からないと思うけど、鬼には独特の雰囲気がある」


「どんな?」身を乗り出した。


「感覚的なものだよ。例えば、視線とか、振る舞いとか、些細な動きとかに人間のそれとは違う、ちょっとした違和感を感じることがある。それにオレ達は人間より体温が高い。その微かに伝わる熱気みたいなものだったりね」


「鬼が世界中にいるなら、森徳にもいるかもしれないってことね」


「いるかもな」

蓮は肩をすくめた。


「冬桜にはオレがどう見える?」

ソファにもたれるように座ってる蓮を、頭からつま先まであらためて見つめる。

すらりとした肢体の上に、非の打ちどころがない顔が乗っかっている。


「どう見えるって・・・・・・」


「凄くイケてる高校生」率直に答える。



「だがオレは人間じゃない。どんなに人間らしく振舞おうとも、どう取り繕っても中身は鬼なんだ。冬桜にとって危険な存在に変わりない。オレ達は夜行性でね、今でも夜になると無性に血が騒ぐ時がある。血液が脈打ち、理性では抑えきれないうねりが身体の奥底から湧き上がる感じって言ったらいいのかな。視覚や嗅覚などの五感が敏感になって、感情も高ぶり起伏がはげしくなる」



「三湖夜祭の時の蓮みたいに?」



「そうだ。常に注意深く、冷静に行動しようとしているけど完璧じゃない。長い年月をかけて人間としての振る舞いを習得してきたけど、コントロールを失うことがある。冬桜の言う通り、この前の三湖夜祭の時みたいにだ。人間より遥かに力で上回る鬼が、自分を見失えばどんな結果になるかは火を見るより明らかだろ? だから出来るだけ夜には出歩かず、人には会わないようにしてるんだ」


蓮は自嘲気味に笑う。

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