鬼族①
暫くそうしていたけど、ふっと蓮の手の力が抜けた。
勝負はあっけなくついた。わたしの圧勝。
「わたしを怖がらせようとしたって無駄なのに」
蓮は首もとの手を離し、降参、といったようにわたしの頭をぽんぽんと撫で、ソファに体を沈める。今度は普通の速度で、とても人間らしく。
「冬桜の生存本能はまるで機能していないな」
呆れながらもどこか嬉しそうな口調。
「怖がるわけないでしょ」
勝ち誇った顔で言った。
「例え頭ではそう分かっていても、身体が反応して警戒するものなんだ。オレは君の首元に手をかけていたんだから」
「これはそんな類の話じゃないの」
分かってないのは蓮の方。
蓮がどんな存在であろうと、わたしの蓮を愛する気持ちの方が何よりも強いってこと。
「それで・・・・・・冬桜はどうするつもり? オレから逃げるつもりなら今のうちだ」
蓮の本来の口ぶりが戻ってきた。やっと緊張を解いてくれたみたい。
「そんなの聞く意味ある?」
ふんと鼻で笑って一蹴した。
「わたしが蓮から離れられるわけないんだから」
「今はそうでも、いつかオレから逃げていく日が来るかもしれない」
「わたしこそ蓮に言いたいの。逃げるなら今のうちってね」
「オレは断言するよ。季節が逆に巡ったとしても、冬桜への想いは永遠に変わらない」
真剣な眼差しで愛の告白をする鬼に、身体の真ん中で音が聞こえた気がした。
どこかコントラバスの音に似ている。強くて温かくて芯のある音色。
わたしはなんて幸せなんだろう。こんなにも誰かを愛せるなんて。
何も言わず瞳を潤ませるわたしに、不思議そうな顔をして尋ねた。
「・・・・・・大丈夫か?」
「大丈夫じゃなさそう」
軽い目眩がする。
「きっと驚きすぎたんだ。家に送ろう」蓮が立ち上がろうとする。
わたしは慌てて言った。
「ううん、大丈夫。もう少し蓮のこと聞きたいもの」
できるならずっと一緒にいたい。
「じゃ、蓮の家族の話を教えてほしいな。蓮にはご両親とお兄さんがいるって前に言ってたけどそれは本当なの?」
この家はとても清潔で、掃除が隅々まで行き届いている感じがする。
もっともできないことが何ひとつない蓮なら、一人で住んでいても家が汚れることはなさそうだけど。
「家族のことは本当だ。両親と兄がいる。鬼は長寿だから一カ所に長くとどまれないんだ。怪しまれてしまうからね。時々住む場所を変えて、人とのつながりを絶ち、身分を新しくして全く違う人生を始める。だからひとりの方が身軽だし、秘密を守るのには何かと都合がいい。人数が多いほど人の目に付きやすいし、記憶に残りやすいからね。今、両親は海外に住んでる。兄は放浪癖がある奴で、あちこち転々として適当にひとりでやってる」
「家族と離れて淋しくはないの?」
「どうだろう・・・・・・、特別そう感じたことはないかな。ずっとこうして生きてきたからね。もう慣れたさ。それに一人ではないよ。叔母がいてくれるからね」
「一緒に住んでるの?」
「世間的に高校生一人ってわけにはいかないからね。本当は母の妹なんだけど、オレの母親としていろいろ助けてもらってる」
そう言って肩をすくめた。
時々、ふとした瞬間に見せるどこか淋し気な蓮の表情が気になっていた。一人で住んでるわけじゃないって聞いてどこかほっとしていた。
当たり前だけど蓮にも家族がいる。蓮の家族。その姿を想像する。きっと蓮と同じように美しい顔を持つ、三人の鬼。
ふと考える。
蓮はこんなにもわたしに優しいけど、彼らはどうなんだろう?
ともすれば違う種族であるわたしに、容赦なく牙をむくのだろうか?
まさか。蓮の家族だもの。優しい鬼に決まってる。
次の疑問が浮かぶ。
「昔話に出てくる鬼ってツノが生えているでしょ? あれは物語の中だけの話なのね?」
「・・・・・・。いや、オレにもツノはあった」
「ほんとに?!」
わたしは眼を丸くした。
「人間として生きると決めた時に根元から折ったんだ。まさかツノを生やしたままで人間社会に溶け込めないだろ」
冗談めかした口調。
蓮の頭に、昔話に出てくる鬼のツノみたいに黄色と黒の縞々模様のツノが生えてるところを想像してみる。
「人間にとってはツノは鬼の象徴みたいなものかもしれないけど、全ての鬼にツノが生えている訳じゃないんだ。鬼はおおまかに三つの種族に分類される。オレのようにツノが生えた角族、ツノはなくその代わりに牙がある牙族、ツノも牙もない眼が紅い紅目族。よく熟れたザクロの実のように紅いから、通称ザクロと呼ばれている」
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