驚異の力


「・・・・・・これで、君はオレの秘密を知ったわけだ」


蓮は意味深に切り出す。長い脚を組み、ソファの背もたれにゆっくり寄りかかった。

琥珀色の瞳がより深みを増した。

どうして蓮の瞳がこんなに綺麗なのか、色が変わって見えるのか分かったような気がした。きっと鬼の瞳は感情の波にあわせて、色や輝きを変えていく。



「オレは人間が鬼に抱く感情がどんなものかをずっと見てきた。嫌というほどね。・・・・・・人間は本能的に未知で得体の知れないものを遠ざけ恐れる。それが人間にとって強く脅威的な存在なら、なおのこと」



蓮はわたしの眼を食い入るように見つめてくる。

顔を浸けた湖面から、深い湖の底に何があるのかを見定めようとするみたいに。

蓮の意図が分かった気がした。



──見抜こうとしているんだ。



わたしの表情の下に隠れている想いを、嘘偽りのない本心を。

瞳の奥に、畏れ、恐怖、不安、嫌悪の色が浮かんでいないのか。

鬼という存在を、──蓮を恐れていないのか。



「もう一度聞くよ。オレが怖くないのか? 今、君の目の前にいるのは鬼だ。高校生の高下蓮じゃない」



まるで日本語を知らない外国の人に話すようにゆっくりと言った。

何度聞かれても同じ。わたしは静かに首を振った。

蓮が何者でも、わたしにとって恐ろしいという存在にはなり得ない。

むしろわたしがどんな反応をするのか怖がってるのは蓮のほうだ。


「今この家には誰もいない。二人だけだ。そしてオレは君より遥かに力が強いバケモノなんだ。冬桜が瞬きをするほんの一瞬の間にだって、どんなことだってできる。オレがその気になれさえすればね」


上品な唇の端を少し歪めた。


──わたしを試してる?


怖がらせて、わたしが少しでも悲鳴をあげたり、逃げ出そうとしたりするのかって。

もしわたしがここから逃げ出したりでもしたら、蓮は追うことはしないだろう。永遠に。



そんなことで尻尾を巻いて逃げ出すと本気で思ってるんなら、蓮に対するわたしの想いをまるで分かってない。

琥珀色の眼でいくら睨んだところでわたしは一ミリも動じない。

動揺しないわたしに彼はさらにたたみかける。


「例えば、こんなふうに」


言った瞬間、蓮は目の前から姿を消した。

正確に言えば、あり得ない速さで移動したのだ。でもわたしには動きが速すぎてほとんど見えなかった。



蓮の動きで巻き起こった空気の流れが、ふわりとわたしの髪を揺らした。

わたしの頭に蓮の大きな手が置かれて、はじめて自分の後ろに蓮がいたことに気がついた。



実際にこうして超人的な力を眼の前で見ても、まだ信じられない。

蓮はわたしの頭に置いた手を、わたしのポニーテールの髪を撫でるようにそのままゆっくり下におろし、首すじで止めた。



そして細くて長い指を、わたしの首を掴むようにするすると這わせた。

首筋から直に蓮の手の温もりが伝わる。すごく熱い。

もともと蓮の体温が高いのか、この状況にわたしがナーバスになっているからそう感じるのかは分からない。



彼はわたしの首元に這わせた指先に少しずつゆっくりと力を込めていく。

獲物に絡みつき、ぎりぎりと締めあげていく大蛇みたいに。

──確かに鬼ならば、人間じゃない彼ならば、このままわたしの頭蓋骨を力のままに砕くことも、首を絞めて息の根を止めることも可能だろう。恐らく、ほんの僅かな力と時間で。



わたしは身じろぎもせずにじっとしていた。

この状況に声も上げられないほど驚いてはいるけど、自分でも不思議なほど恐怖は微塵も感じない。



だって絶対に蓮がわたしを傷つけるはずはないと知ってるから。

信じるでも、信じたいのでもない。

ただ〝そう知ってる〟のだ。

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