真相


江戸時代。

確か長い日本髪を垂らして十二単を着ているような時代だっけ?

・・・・・・それは平安時代か。

とにかく眼の前に座る蓮は、そんな昔から生きているのだ。

ツでも全く老けていない。老けてないどころか、肌はキメ細かく張りがあるし、森徳の制服が誰よりも似合ってる。大人びた高校生にしか見えない。



「蓮はとても四百年もの歳月を生きてきたようには見えない。それはどうして?」


「鬼の場合、肉体的な成長がある時点で止まるんだ」


「歳をとらないってこと?」

首を傾げた。


「全く歳をとらないって訳じゃないけれど、人間のように白髪や皺が増えるような明らかな変化とは違うと言ったらいいのかな」


「蓮は、四百年生きてる・・・・・・」

声に出して言ってみる。


アンチエイジングに特化している種族と言えるわけだ。その分野を研究している学者達やいつまでも美しくありたい女性にとっては、涙を流して喜びそうな神話のような話。


「ごめん、遮って。続きを話してくれる?」

蓮は頷いた。


「この国のほとんどが広大な森で覆われていた頃は、鬼も人間もそれぞれが森や洞窟に住んでいた。人間の数は増え続け、村ができ、やがて都に住むようになった。鬼は人間という存在を人間よりずっと前にはっきり認識していた。もしかしたら人間も、得体の知れない気配を時折感じていたかもしれない。

ある頃から、鬼と人間との争いが始まったんだ。

どうして始まったのかは分からない。獣だと思った人間が鬼を攻撃したのかもしれないし、あるいは一部の鬼が山を下りて都に向かったのかもしれない。

力で圧倒的に勝っている鬼は、時に人間を傷つけ無残に殺した。人間にとって鬼は恐ろしい存在であり憎しみの対象となった。鬼にとっても、武器を持ち集団で襲い掛かって、鬼を殺そうとする人間は敵でしかなかった。そんな時代が数百年以上も続いた後、殺し合いに鬼と人間は辟易し、共存する道を模索し話し合った。殺し合いを止め、二度とお互いの聖域を侵さないと約束して、お互い自分たちのいるべき場所に帰った。人間がそうであるように鬼も高い知能を持ち言葉を話したが、鬼はこれまで通り森や洞窟に住むことを選んだんだ。

更に数百年が過ぎ、いつしか鬼は昔話や伝説の中だけに生きる存在となり、人々の記憶から忘れられた。だが土地開発が進み、文明が進むにつれ、人間の住むところはさらに広がり続け、ついにほとんどの鬼の住処は失われていった。

鬼の選択肢は二つだった。これまで通り姿を隠しながら鬼として生きるか。

人間になりすまし、人間社会で生きるか。現実的な選択として、ほとんどの鬼達は人間として生きることを決めたんだ。オレもその一人だ」



話し終えた蓮は、肩の荷を下ろしたかのように、どこかほっとしたような表情をしてる。この世界に鬼というものが存在するのを知ったっていうのに、わたしはまるで見当違いなことを考えていた。蓮の美しさが人間離れしている理由がこれで分かった気がしたから。だって人間じゃないんだもの。納得がいく。



「だからオレは離れた場所から一瞬で移動し、落ちてくる冬桜を抱えることもできたんだ。人間なら到底不可能なことをいとも簡単にね」



今ならこの質問にもきちんと答えてくれるはず。

「じゃ、スキー場で遭難した時、わたしを下まで運んだのはやっぱり蓮だったのよね?」


わたしの眼を見つめ、ああ、と認めた。


「良かった。わたし、自分が頭が本当におかしくなったのかと思ったんだから」

文句を言った。


「嘘ついてごめん」


「あの時、本当は何があったの?」


「オレは待機場所にいたんだ。慌てた先生達の様子がおかしいなと思ってはいたけど、大して気にもとめていなかった。そしたら、冬桜が戻っていないって森下から連絡が来たんだ。すぐに森下のところに行って、はぐれた場所や時間とか詳しく話を聞いた。それで点呼の後の待機中に隙をみて抜け出して、はぐれた場所を中心に探したけど、オレは君を見つけられなかった。ほとんど半狂乱でスキー場の全てのコースを探しても手掛かりはなくて、すごく焦っていたんだ。

頭を冷やして、もう一度はぐれた場所である林間コースに戻り、手がかりを探していたら、その近くで完全に雪に埋まったストックを見つけた。もしかしたらと思い、そこから崖の方に降りていったら、木の根元の所に冬桜を見つけたんだ。冬桜は体のほとんどが雪に埋まっていて、名前を大声で呼ぶとかろうじて眼を開けたけど、ひどく眠そうだった。体は氷のように冷えきっていて、絶えず呼びかけたり体を揺すったりしていないと、すぐに眼を閉じてしまうような危険な状態だったんだ」


蓮は辛そうに顔をしかめた。


「やっぱりわたしが蓮の声を聞いたのは、そら耳じゃなかった。わたしが蓮の声を聞き間違えるはずないもの」

視線は宙を見つめ、記憶を辿る。


「冬桜の言っていた通り、オレは君を抱きかかえ凄いスピードでゲレンデを駆け下りた。もう一刻の猶予もなかったんだ。下には捜索隊や救急隊が待機していたから、そのまま君を抱きかかえて行くわけにはいかなかった。吹雪の中を抱きかかえて山を降りるなんて、人間には不可能なことだからね。だから捜索隊が探している近くで、見つけたって大声で知らせて、オレは近くに身を隠した。一刻も早く冬桜を病院に運びたかったのに、少しの間だけとはいえ、雪の上に君を置いていかなければならなかったのは、本当に耐えがたかった」



蓮の説明を聞いて、所々ページが飛んでいたわたしの記憶がつながりを持ち、やっとひとつの本になった感じだ。あの日以来ずっと抱えていた胸のつかえがとれたような気がした。



「あの日のこと話してくれて、ありがとう」

それに、秘密についても。

わたしがそうさせてしまったとは言え、最後まで言わないこともできたはずなのに。

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